破産しても転職に失敗しても、人生は続く　ある”コンサルタント”のしくじり人生

土佐の高知は桜の開花が早い。3月は花見と酒のシーズンである。
別に花が咲いていなくても高知県民は年じゅう鯨飲しているが、春には街の中心部で土佐の「おきゃく」（土佐弁で宴会を表す言葉）という大がかりなイベントまで開催し、観光客をもてなしつつ自分達も昼間から飲んだくれている。

高知県出身の漫画家・西原理恵子の表現を借りると、土佐の「おきゃく」は始まったら最後、男女共に長時間飲まなければならず、2次会、3次会、反省会まであるタチの悪い酒宴なのだ。

「おきゃく」は高知市の中央公園や中心商店街が会場となる宴会がメインだが、会期中にはピアニストのディナーショーや、ベストセラー作家や女優、旬の著名人のトークライブや講演会も市内各所で開催される。

親しい友人に誘われて、彼女がファンだという人気ピアニストのディナーショーに出かけたら、出演前から手厚いもてなしを受けたらしいピアニストがすっかり出来上がっていて、トークも奏でるピアノの音色も呂律が回っていなかったことがある。
けれど、それに腹を立てる客なんて一人もいなかった。イベントの出演者たちだって美酒と美食を楽しみに来ているのだ。だから狭い会場で大したギャラも出ないのに、遠路はるばる来てくれるのだろう。
このゆるさが土佐のおきゃくのいいところであり、野暮を言って水をさしたらせっかくの酔いが覚めてしまう。

飲んで飲まれての呑気なイベントだからこそ、人は弱みを見せられるのだろうか。
10年以上前に私が参加した講演会のゲストもまた、
「実はトラブル続きで、現在進行形で人生が大失敗中である」
ことを曝け出し、話は面白かったが面食らってしまった思い出がある。

元々は、そういう主旨の講演会ではなかった。
ゲストとして招待されていたのは、外食産業で大成功を収めたという30代後半（当時）の男性だ。
私は彼のことを知らなかったし店舗に行ったことも無かったが、彼が考案した「従業員の元気とやる気を引き出す手法」がテレビで紹介されたことで注目を集め、現在は「ぜひウチで研修をして欲しい」と、全国の企業や学校から引っ張りだこの旬の人という触れ込みだった。

「私が開発した手法を取り入れれば、一人一人が輝き始め、学校、会社、家庭が元気になり、日本中が明るくなります！」

と主張するその男性はなかなかの暑苦しさだったが、テレビで紹介されるような成功者の講演が自宅近くのホテルで、しかも滅多にない低料金で聞けるとあって、私は軽い気持ちで申し込みをした。

講演会当日は、暖かく花見日和の良い天気だった。とは言え、会場となっている老舗ホテルは建物が古く薄暗い。
昭和の湿り気を感じる廊下で受付を済ませ、開始時間ギリギリに会場に入ると、設置されたスクリーンにはテレビ番組が映されていた。
それは「密着24時間！新宿歌舞伎町 カリスマホストの1日」だとか、「NO.1キャバ嬢に密着！六本木の長い夜」などの、夜の仕事に就く人たちのよくある密着ドキュメンタリーだった。
当時は似たような内容の番組が頻繁に放送されていたので、その頃のテレビで人気があるコンテンツだったのだろう。
紹介される誰も彼もがカリスマやNO.1と形容されていたため、いったい世の中には何人のカリスマホストやNO.1 キャバ嬢が居るんだよと失笑したものだ。

説明なしに10分近くも番組が流された後、本日のゲストスピーカーとして登壇したのは、その番組に出ていたホストの男性だ。予定されていたゲストとは別人だった。

「先ほど皆さんに見て頂いた番組は数年前のもので、かつて自分は関西のカリスマホストと呼ばれていました」
と自己紹介をした彼は、流れるように己の半生を語り始めた。
元カリスマホストと言っても、いわゆるホスト顔の美形ではなく、化粧や盛り髪もしていない。どちらかといえば、営業の仕事をしているサラリーマンといった風貌だ。

話術と親しみやすさを武器にのしあがっただけあって、関西人らしいユーモアを交えた喋りの上手さは抜群であり、おかげで「あの、講演者が違うんですけど？」という疑問を誰も挟まないまま30分以上が過ぎてしまった。

予定されていた講演時間の半分以上が彼の独壇場となり、「まあ、楽しいからこの人の話を聞いて帰るだけでいいか」と思いかけていたところへ、本来のゲストだった飲食店経営者の島田（仮名）氏がようやく現れた。

だが、何やら様子がおかしい。にこやかではあるが成功者らしい覇気はなく、「日本を元気に！」というテーマを掲げている割に、本人に全く元気がないのだ。

「実は鬱病が悪化してしまいまして、僕は今、皆さんの前でお話しができる状態ではありません…」
ということだった。なんだそりゃ。

聞けば、島田氏は外食業界で革命児と持て囃され、メディアにも注目されて、イケイケドンドンの追い風に乗って繁華街の一等地に大型の新店舗を出したものの、完全に時代の流れを読み間違えて大コケしているという。
開放感のある大きな店で賑やかに騒ぐ時代はすでに過ぎており、カップルやグループごとに仕切られた空間でしっとり飲める個室居酒屋が好まれるようになっていたのだ。それなのに、すでに流行遅れとなったスタイルで大型店を作ってしまったらしい。

あまり大きな店を出すのは危ないと周囲から忠告を受けていたにもかかわらず、時流に乗っていた自分の運と実力を過信してしまったと項垂れた。

鬱は元々患っていたが、ストレスから悪化し、現在は自宅に引きこもって療養中だという。それでも、このイベントは主催者との繋がりの深さからキャンセルせずに登壇することにしたそうだ。
ただし自身で講演できる状態ではないので、親しい友人である元ホストの伊藤（仮名）氏に来てもらったということだった。

伊藤氏を指名した理由は、彼もまた華やかな成功から転落し、再起をかけて新事業を立ち上げたばかりだからだそうだ。カリスマホストでありホストクラブ経営者でもあった彼は、ある刑事事件に巻き込まれて有罪になってしまい、つい数ヶ月前に全てを失っていた。

「今は僕が上手く喋れないのもあるけど、伊藤くんに人前に出て話すチャンスをあげたい気持ちもあって、今日は僕の代わりに壇上に立ってもらいました」

なるほど。田舎のゆるい講演会は、人生がどん底に落ちている二人のリハビリにうってつけだったという訳か。
「お金を払ってチケットを買った客に断りもなく内容を変更するなんて！」と怒る客は、やっぱり誰もいなかった。
予定されていた内容とはまるで違う講演だったとは言え、しくじり先生たちの失敗談も面白かったからだ。

「人を元気にするメソッド」を売り歩いている本人が鬱病で療養中だなんてケッサクだし、義理人情に厚く「人を育てるホスト」として注目された人物が、不祥事を起こした途端に家族同然と思っていた仲間たちから見限られた話など、なかなかに学びが多い。
人間に裏表がある以上、人の世は綺麗事だけで成り立たないのだ。

講演会の終了後、伊藤氏は手弁当で来ていると聞いて、軽快なトークで楽しませてくれたお礼に彼の著書を購入した。すると本と一緒に、伊藤氏から大きな封筒に入った分厚いパンフレットが手渡された。

家に帰ってから開封してみると、入っていたのは高額なセミナーとコンサル、メールマガジンの案内だった。
彼はホストを引退し、コンサルタントに転身したようだ。コンサル業はほとんど経費が必要なく、引っかかったカモから高額な料金をむしることができるので、ホストと同様に手っ取り早く稼げる商売だと目論んだのだろう。

著書を開いてみると、そこには
「ホスト時代、容姿に優れない自分がお客さんの心を掴むために磨いたコミュニケーション術は、あらゆるビジネスの現場でも応用が可能です。
人に好かれる技術を身につければ、今居る職場での人間関係が上手くいくようになり、仕事がしやすくなります。そして、あなたを好きになった人たちがあなたを助けてくれるので、転職や起業にも役立つでしょう」
と書かれてあった。

もっともらしいことが書いてあるが、ホストとして一流だったからと言って、普通に働いたことのない伊藤氏にビジネスのコンサルができるとは思えない。仕事とは、人に好かれさえすれば全てが解決するという訳ではないだろう。

コンサル業を手がけるのが初めてなのに、いきなりこんな高額な料金を設定したセミナーやコンサルが売れるものだろうか。私はメールマガジンに登録してみる気にもならず、パンフレットはすぐさまゴミ箱に捨ててしまった。

その後の伊藤氏がどうなったのかを追跡してみると、コンサル業はあっという間に廃業していた。やはり需要がなかったようだ。
ただ販売している商材は変わらず、相変わらず「ホスト時代に磨き上げた人に好かれる技術」を説きながら、現在は婚活と恋愛のアドバイザーとして活動している。

島田氏の方はと言えば、あの時の大失敗に懲りたのだろうか。飲食店経営は後進に譲り、自分は「人を元気にするメソッド」の販売に注力している。コロナで人を集められないご時世のため、研修よりオンラインサロンやオンラインセミナーの運営がメイン事業になったようだ。

それぞれ逞しいなと思う。鬱病になろうが破産しようが人生は続くのだ。
二人のホームページを覗き、YouTubeチャンネルも見てみたが、二人とも都合の悪い話は公にしておらず、どん底時代の話は有料情報になっていた。
あの日の講演で二人が吐露した弱音と曝け出したカッコ悪さは、南国の春と酒に酔って思わずこぼれたものなのだろう。

今年もそろそろ、ソメイヨシノの蕾が開く頃だ。残念ながらこのご時世では、流石に街を上げての酒宴は開催されない。
けれど、いずれ世の中が元に戻れば、酒の混ざった街の空気に酔いが回って、また招かれた誰かが思わず本音を漏らすこともあるのだろう。

【著者】マダム ユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV４０万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク：http://flat9.blog.jp/