夢のために無謀な転職をするのは悪なのか?小説家になった、私の先生の話

若さはバカさと言うけれど、私も10代の頃はしっかりバカだった。バカな上に残酷だった。
私だけではない。周りの少女たち全員がそうだったのだ。未熟であるが故の無知に少女特有の無邪気さが加わると、バカさは残酷さに化ける。

あれは確か、高校1年の春の出来事だった。
学年末の終業式で、国語の教科担任であるN先生の退職とご結婚が発表されたのだ。

「えっ。N先生辞めるの?」

突然の発表に私たちは驚いて、少しだけざわついた。
ショックを受けた訳ではない。N先生はまだ30代前半の若い男性であるにも関わらず、ほとんど人気がなかったから。

私たちの通っていた学校は女子校だったので、例え背が低かろうが少々不細工であろうが、異性として意識される若い男性教師はおおむね人気が高かった。N先生のように、若い男であるにも関わらず生徒たちに慕われないのは珍しいことだ。だからといって、べつに不人気だった訳でもない。
どうでもいいと言っては失礼だが、要するに影の薄い先生だった。

N先生は見た目が悪いわけではないのに、どこかもっさりしていて垢抜けなかった。それでも気が弱いぶん生徒たちにうるさいことを言わないし、優しいところは好かれていた。
優しい男の先生だったのに人気が出なかった一番の原因は、容姿や性格の問題ではなく、授業が下手だったせいだろう。
ご本人は留学経験もあり優秀な人だし、文芸の知識も豊富だったが、基本的に教師に向いた人ではなかったのだ。
残念ながら、教科担任ガチャでは「ハズレ」に分類されてしまう先生だった。

お年頃の女子高生とはいえ、大学進学を目指す生徒たちから高く評価されるのは、やはり教え方が上手で成績を上げてくれる先生なのだ。性別や若さや優しさなどは二の次である。
その点、ベテラン英語教師のS先生はN先生と反対で、性格のキツいおばさんだったけれど、授業が分かりやすいのでガチャでは「当たり」に分類される人気の先生だった。

S先生は厳格な一方で、成績優秀な生徒たちには甘い。成績次第で分かりやすくえこひいきをする人であった為、「性格が悪いオールドミス」だと陰口を叩かれることもあったけれど、それでもS先生の授業を受けられる生徒たちはラッキーだと喜んでいた。教師としての指導力は高かったのだ。

そんなN先生とS先生には、付き合っているという噂があった。

「S先生はN先生より大分年上なのにねー。お母さんみたいなもんじゃん。うわー、N先生キモ〜い。あいつってばマザコンなんじゃないの?」
「S先生って、あんな頼りない年下の男がいいんだー。ねぇ、N先生ってさぁ、小説書いてるんでしょ?なんか、小説家になりたいとか言ってるらしいじゃん。どうせ才能ないのにね。

S先生は夢を追う若い男に貢ぐつもりかな?
やだやだ、そういうの。いかにもオールドミスが引っかかって、お金だけ取られそうなパターンだね。S先生は騙されてるんじゃないの?」

まだ子供だった私たちの口は品がなく、本人たちに聞かれたらぶん殴られるような噂話をしては、先生たちを嗤っていた。

今になって当時を振り返ってみれば、一体何がキモかったのかさっぱり分からない。
当時40代だったS先生は、ティーンエイジャーの私たちには母親のように見えても、30代のN先生に母親扱いされるような年齢ではない。男性が40代半ばで女性が30代始めのカップルなら誰も何も言わないだろうに、どうして逆だとおかしいと思っていたのだろう。
大人の男性が年上の成熟した女性と交際するのはノーマルなことだ。
あの頃は教え子と結婚する男性教員が珍しくなかったが、いい歳をした男が10代の子供に手を出す方が、よほど気持ちが悪いじゃないか。

母校にはS先生のように、結婚しないまま年齢を重ねていく女性の先生方も少なくなかった。女がクリスマスケーキに例えられていたような時代だったので、私たちはそうした未婚の先生方を「行き遅れ」だの「オールドミス」だのと蔑んでいたが、今ならば分かる。あの先生方は魅力がないから男性に選ばれず、結婚できなかったわけではない。
将来に不安がない安定した雇用と十分な給料を得て自立していたからこそ、結婚する必要がなかっただけだ。結婚しなくても生活に困ることはないのだから、どうしても一緒になりたい男が現れないのなら、独り身のままでいいじゃないか。
ただ、本人たちがそう説明したところで、当時の風潮では理解され難かっただろう。だから黙っていらしたのだ。

「大変残念ながら、N先生は我が校を去られることとなりました」
と壇上で話す校長先生は、ちっとも残念そうではなかった。そればかりか、
「えー、N先生はご結婚されて、ご退職の後、小説を書かれるそうです。小説家に転職されるための準備に入られるそうで…」
と、言わなくてもいい話をわざわざ続けた。

「小説を書かれる」の下りでわざと声を大きくする話し方に、明らかな悪意と嘲笑が滲んでいた。
年上のベテラン女性教員と結婚して養われながら、自分は働かず小説家を目指して執筆に専念すると言うN先生に、校長は呆れていたのである。
校長先生のような年代の男性には、N先生はいい歳をして夢を追い、女のヒモになる情けない男だと映ったのだろう。
「応援しましょう」だの「頑張って欲しい」という言葉には、気持ちではなく含み笑いが込められていることがあらわだった。

実際、教師を辞めた後は女に養われて暮らすのだし、小説家としてデビューできる保証も無かったのだから、ヒモと言われても本人は反論できない。
しかしこれも、男女の立場をひっくり返せば普通の話だ。
夫の献身的なサポートを得たからこそ名作を書き上げて世に出たり、夫が安定した暮らしを提供してくれるからこそ、自分は好きなように創作活動ができた女流作家は昔から多かったではないか。
されど、この時代にジェンダーバイアスという言葉はまだなかったので、私たちも校長先生と同様に、二人を情けない若い男とバカな年増のカップルだと捉えてしまった。

「それにしたって、中等部と高等部を合わせて2,000人近い生徒たちの前で、こんな風に侮辱しなくてもいいのに…」
二人に同情した訳ではなかったけれど、それでもみぞおちのあたりに嫌な感覚が残ったのを覚えている。

教え子たちの前で嘲笑されたN先生とS先生は、あの時どんな気持ちで侮辱に耐えていたのだろう。小説家になる夢と覚悟を笑われたN先生も気の毒だったが、去っていく者はまだマシだ。S先生は学校に残って働き続けるのだから、針のむしろに耐えなければならなかった。

仕事のできる自立した女性だったS先生が、40代半ばにしてご結婚の意思を固めた時点で、よほどの覚悟だったろうと思う。それも一回り以上若い小説家志望の男と結婚するのだから、例え惚れていても怯む気持ちが無かったはずはない。
もし支えると決めて一緒になった男の夢が叶わなければ、一生涯「バカな女」の烙印に悩まされるというのに、それでも男の才能に人生を賭けたのだから、愛だけでなく勝算もあったのだろうか。

それっきり、N先生のことは忘れてしまった。S先生も一切家庭の話は口に出さなかったので、N先生の噂がその後生徒たちの間で話題になることもなく、卒業した後に消息を聞くこともなかった。
N先生の「その後」を知ったのは、それから10年も経ってからだ。

帰省した際に友人と飲みに入った居酒屋の壁に、N先生の写真が貼られていた。どうやらその居酒屋では、少し前にN先生とファンの集いが開かれていたらしい。写真と一緒に貼られていた新聞記事を読んで、私は先生が学校を辞めてからわずか3年でミステリー作家としてデビューし、既に大手の出版社から数冊の単行本が出ていることを知った。

「嘘っ!」

と思ったのは、N先生が小説家になっていたからではない。ファンに囲まれて写真にうつる先生が、誰だか分からないほどカッコよくなっていたからである。

記憶の中のN先生は、特徴のない顔立ちにぼんやりとした表情をしており、魅力的とは言い難かった。気が弱く態度がおどおどしていたせいで、体格は良いのに小さく見えたものだ。
なのに写真の中のN先生は、以前は無かった髭がよく似合っていて、いかにも作家先生という雰囲気を漂わせ、以前と変わらないメガネすら知的に見える。そこにはもう冴えない高校教師の面影は見当たらなかった。夢を叶えた自信が男に風格を与えたのだろうか。

先生は大きな文藝賞を受賞して華々しいデビューを飾ったわけではないし、社会現象を巻き起こすようなベストセラーを出したわけでもない。それでも作品は一定の評価を得ており、固定ファンを掴んでいるようだった。

「先生。夢…、叶えてたんだ」

素直に感心すると同時に、「でも、まだ分からないよね」と、意地の悪い考えが浮かんだ。

芥川賞作家や直木賞作家でも、才能の埋蔵量がなくて消えていく人はごまんと居るのだ。N先生だって書き続けられるかは分からないし、明日消えてしまうかもしれないのだから、この時点で成功したとは言いきれないだろう。
その日は壁を眺めながら酒を飲み、そしてまた先生のことは忘れてしまった。

次にN先生を思い出したのは、つい最近のことだ。図書館の中で小説を物色していて、「な行」の棚にN先生の名前を見つけた。先生の名前で20冊近くもの本が並んでいる。

その場でスマホを取り出して先生の名前を検索してみると、実に60冊以上もの著書が出版されていることが分かった。ほんの3ヶ月前にも新刊が出たばかりだ。

「すごい…」

今度ばかりは難癖のつけようがない。
先生はずっと書き続けていたのだ。講談社、中央公論、祥伝社、光文社に幻冬社など、名だたる出版社から本を出し続けることもできている。
ミステリー作家としてデビューしていたはずだが、出版社からのさまざまな要望に応え、ミステリーにとどまらずコミックの原作から官能小説まで、幅広くチャレンジしていた。
「これぞ代表作!」と言えるようなベストセラーはない代わりに、累計で60万部を売り上げたヒットシリーズを持っている。
ここまでの道が平坦だったとは思わないが、かなり順調な作家人生ではないだろうか。

先生のプロフィールを調べてみると、女子校の国語教師だった過去は経歴から消えていた。きっと思い出したくないのだろう。関わりを断って当然だ。
受けた仕打ちに対する復讐と言っては大袈裟かもしれないが、夫のデビュー作が書店に並んだ時、S先生はさぞかし胸のすく思いがしたに違いない。
あの時、小説家になどなれっこないと決めつけて、「小説を書かれるそうです」とバカにした校長と、忍び笑いを漏らした私たちを、N先生は実力を示し実績を残すことで見返したのだ。バカはお前らの方だと。

結果論だが、あの時バカにされたことが、もしかすると良かったのかもしれない。怒りや悔しさに歯軋りしたからこそ、「今に見ていろ」という思いで石にかじり付いてこられたのではないだろうか。

「おみそれいたしました」

心の中で頭を下げて、数冊の本を棚から引き抜いた。あの終業式から丁度30年が経って初めて、私は先生が書いた小説のページをめくった。


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【著者】マダム ユキ
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