「共同経営者の会社は必ず潰れる」そう私に教えてくれた、思い出深い恩人の想い出


10分ほど遅刻して懇親会の受付を済ませると、もう全員が席についていた。
会場になっている居酒屋が自宅の近所だったため、一度家に帰っていたら遅くなってしまったのだ。
恐らく自分が最後だろうと思っていたので期待はしていなかったのだが、思いがけず目当ての席は空いていた。

もともと狙っていたというのに、さも1席しか残っていないのだから仕方がないと遠慮がちな顔をして、私はメインゲストの隣に腰を落ち着けた。

親睦会には30人以上が参加していたが、どうやら遠慮したり気後れするなどして、誰もゲストの隣には座れなかったらしい。そのゲストとは、近頃さかんに経済紙や経済情報番組で取り上げられている、ベンチャー企業の代表取締役社長 兼 CEOのY氏だ。

そんな時代の寵児が一体どんな気まぐれを起こしたのか知らないが、その日、Y氏はわざわざ地方の市民講座にゲストスピーカーとしてやって来て、場所と時間に囚われず、インターネット上で完結できる新しい働き方について講演をしてくれた。
居酒屋での懇親会は、その講座の第二部でもあり、東京から遠路はるばる来てくださったY氏をもてなす会でもあった。

講座の内容は面白かったし、今の事業が軌道に乗るまで失敗と挫折を繰り返してきたというY氏の半生と起業秘話も興味深かったが、懇親会で私が彼に近づきたかったのは、それらの話を深掘りしたかったからではない。友人のA子が起こした観光事業について、Y氏からアドバイスが欲しかったのだ。

その事業には私もスタッフとして関わっていたのだが、A子を含めた代表3人の意見がまとまらず、方向性を見失って迷走しつつあった。

私が相談したかった内容は、ざっくり言うと「外国人観光客を相手にした『おもてなし』は商売になるのか?」ということだった。
当時は東京オリンピックを数年後に控え、地方でもインバウンド熱が最高潮に高まっていた時期だ。行政もインバウンド消費には大きな期待を寄せており、一般市民の間でもゲストハウスや民泊の開業がちょっとしたブームになっていた。

そんな中、飲食店を経営していた友人のA子は、おもてなし精神の高い地域住民や飲食店の協力を得て、外国人観光客に地元グルメや地域の魅力を紹介し、日本の文化とおもてなしの心に触れてもらう体験型のイベントやツアーを企画する仕事を始めようとしていた。

共同代表として、同業者であるB美と経営コンサルタントのC男を誘ったのは、リスク分散と役割分担のためである。
3人がどういう経緯で知り合って、意気投合したのか詳しいことは知らなかったが、ろくな話し合いもしないままノリで組んだことは明らかだった。
彼らは事業に対する考え方も目的も、まさに三者三様という言葉通りで、てんでバラバラだったのだから。

C男が始めようとしていたのは、おもてなし精神に溢れた有志ボランティアによる市民活動だった。
Uターンしてきたばかりの彼にとっては、観光客のおもてなし活動を通じて地元の人脈を広げ、その人脈が本業に活かされればメリットは十分だったのである。

けれどA子は違った。
彼女は労多くして利益の少ない飲食店経営に疲れており、一刻も早く別の仕事で収入を得ようと考えていたのだ。要するに転職を焦っていたため、あくまでもこの事業で収益を出すことにこだわり続けていた。

「そんなことを言われても無理ですよ。だいたい、僕たちの誰も旅行業務取扱管理者の資格を持ってないんですから、営利目的の営業はできませんって。せいぜい、県の予算の中から配分を受けられるよう、NPOを目指すのが妥当な線です」

と、C男が言っているのに、

「それじゃダメなんだって。こういう事業はみんなボランティアだったり助成金をもらってやっているけど、それを民間で、ちゃんと利益を出せる事業に育てることに意味があるんだから」

とA子は譲らない。

「そもそもこれは客から金が取れるような活動ではない」
と説明を試みるC男と、
「普通はそうかもしれないけれど、そこを自分たちはチャレンジして、成功させる」
と主張するA子とでは、いくら話し合いを重ねても平行線だ。

そこへ県庁職員や自治体の起業支援コンサルタントが絡んできて、無責任な助言をするから話が余計にややこしくなる。

なぜこんなにも話が通じないのかと頭を抱えるC男の隣で、自己主張するほどの考えを持っていないB美はオロオロするばかり。

ここまで噛み合わないのなら、
「じゃ、もうこの話はなかったということで!お疲れっした!」
と、解散してしまえればサッパリするのだが、そうもいかない事情があった。
3人の目指す方向をすり合わせ、事業内容をちゃんと詰めて考える前に、すでにイベントを企画して大々的に広報した上、協力してくれる飲食店とボランティア、報道してくれるメディアまで集めてしまっていたのだ。
多くの人を巻き込んで準備を進め、地元のテレビ番組にも出演しておきながら、今さら引き返すことはできなかった。

この事業に資本金を出し合った代表の3人と違い、私は(たった一人の)スタッフという立場で出資こそしていなかったが、かなりの労力と時間を奪われていた。
A子から「手伝って」と言われ、軽い気持ちで参加を承諾したものの、無給でできる「手伝い」の範囲を超えている。

せめてこの事業に展望があればやりがいを持てたのだろうが、代表者3人がこの有様の上、二転三転するイベントの内容と方針に関係者からおびただしい苦情を受けていたので、ストレスと負担感は増すばかりだ。

私個人は恐らくC男の考え方が正しいのだろうと思っていたが、確信はなかった。もしかしてA子が言うように、この事業を収益化できる道があるのだろうか。
いくら考えても話し合っても答えが見えてこないので、Y氏のように成功している起業家から、冷静な意見を聞いてみたかった。

懇親会で運良く彼の隣の席に座れたのをいいことに、私は乾杯もそこそこに
「あの、実は私、Yさんからアドバイスを頂きたくて…」
と切り出して、用意してあった観光事業のプレスリリースを差し出した。

根が兄貴肌らしいY氏は、嫌な顔をせず私の話に付き合ってくれた。そして、書類にざっと目を通すと、少し言いにくそうにしながらも、

「うん、そうだな。収益化も何もないよ。こういうのは市民が草の根でやる活動であって、営利目的でやることじゃないでしょ。お話にならないよね」
と、ハッキリ言ってくれた。そうか、やはりそうなのか。そうじゃないかと思っていたけれど、こうしてちゃんと答えをもらえるとすっきりする。

「それで、僕から君へのアドバイスは、なるべく早く活動から身を引いて、彼らとは距離を置くべきってことだね。
遠からずこの団体は空中分解する。このまま関わり続けても、この先もっと嫌な思いしかしないだろう。俺なら一刻も早く逃げる。

これはね、事業の方向性を軌道修正すればいいとか、そういう問題じゃないんだよ。
ボランティア団体だろうが営利団体だろうが、代表が3人も居る時点で、君たちの活動には最初から見込みがない。
いいかい、何か事業を起こす時には、代表を務める人間は必ず一人でなくちゃダメなんだ。これは絶対なんだよ。

何人かで一緒に始める方が心強いし、力を合わせて上手く行きそうな気がするだろう。
違うね。代表が複数人いると責任の所在がはっきりしなくなり、互いに互いを責め始めるのがオチなんだ。やがて反目しあい、裏切り合う。元は友達だった仲間を失くして終わる。
俺も過去に同様の失敗をしたことがあるんだよ。

仕事は一人じゃできないけれど、決断と結果に責任を負う人間は一人にしておかないと、どんな組織も上手くまとまらない。
責任者をはっきりさせない組織は必ず分裂するし、事業は頓挫する。そういうものなんだ」

つまりA子の始めた事業は、船出の時点ですでに座礁が決まっていたということか。

こうして言われてみれば至極真っ当で当たり前のことに思えるのに、どうして分かりきったことが見えなかったのだろう。
私たちのような凡人は、孤独と責任の重圧に耐えられないゆえに、盲目になってしまうのだろうか。

「君は逃げなさい」とY氏に促されたことで、私は免罪符をもらった気になっていたが、それでも乗りかかった船を中途半端な時期に降りることはできなかった。
その時点までに決まっていたイベントが終わり、一区切りつくまでは残ったが、企画したイベントはどれも外国人観光客を集客できず、失敗に終わった。
つまり、私たちはまるで需要がないことをしていたのである。これでは収益化どころか、ボランティアでもやっていけない。

これも失敗してから見えてきたことだが、あの時点で私たちがしていた活動は、おもてなしの「押し買い」と「押し売り」だった。
協力してくれる人たちには「おもてなしなんだから」と過剰なボランティア精神を求めて無償でサービスを提供させ、肝心の観光客には全く求めてられていない余計なお世話を押し付けようとしていたのだ。苦情が殺到するのも無理はなかった。

私がY氏のアドバイスに従ってスタッフを辞め、活動に関わらなくなってしばらく後に、厄介者だったA子が団体から追放された。「遠からず空中分解するだろう」というY氏の予言は当たったのだ。
共同代表2人体制になってからは、ボランティア団体として地道な活動を続けていたようだが、数年後に解散している。

私はもともと好意で手伝っていただけなのだから、辞めるのは勝手だろうと考えていたが、そうはいかなかった。団体を抜けるに当たっては一悶着あり、それきり縁の切れてしまった人もいる。

何かと後味の悪い思いをしたので、良い思い出だったとは言えない。
けれど、得るものが何もなかったわけでもない。懇親会でY氏からアドバイスを頂いたことを含めて、貴重な経験と良い勉強をさせてもらったと思うことにしている。


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【著者】マダム ユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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