「お前、誰やねん」転職を機に変貌をした二人のヒロさんの想い出

今から四半世紀も前のこと、ロンドン・ヒースロー空港で働いていた私は、二人のヒロさんが大好きだった。
二人は同い年で、どちらも実年齢よりかなり若く見えたけれど、妻子ある36歳の中年男性だ。

二人のヒロさんの名前は、ヒロシとヒロユキ。
ヒロシさんの方は単に名前を縮めてヒロと呼ばれていたけれど、ヒロユキさんにはサイモンという呼び名がつけられていた。イギリス人にとって発音しにくい名前の社員には、現地スタッフがテキトーな英国名を当てていたのだ。

サイモンと呼ばれたヒロさん(以下、サイモン)は、現地採用ではなく日本からきた駐在員組だったが、航空会社の社員ではなかった。
成田公団(正式には新東京国際空港公団)から出向してきた公務員で、ヒースローに来る前は運輸省(現・国土交通省)に出向していたそうだから、将来を嘱望されたエリートだったのだろう。けれど、サイモンには偉そうなところが微塵もなくて、誰に対しても気さくだった。

サイモンは普段、飛行機が離発着する空港ターミナルからは離れたビルのオフィスで仕事をしていた。けれど、たまに「太客への付き添いサービス」の仕事に駆り出され、現場に降りてくることがあった。
あの頃まだ日系の航空会社では、上得意客に空港内の案内係を付けていたのだ。私もそうしたサービス要員の一人として、お客様のお出迎えとラウンジまでのご案内、搭乗便までの付き添いや、乗り換えの手伝いをしていた。

だからサイモンとは、それぞれのお客様をラウンジに案内する時間が重なれば、少しのあいだ二人してラウンジのキッチンで休憩をとり、お喋りすることができたのだ。

私はサイモンに良くなついていた。彼が朗らかで優しく、いつも冗談を言って私を寛がせてくれたからだ。何より、若い女の子に対して下心を思わせるような嫌らしさがまるで無く、紳士的なところが素敵だった。

彼とは親しく打ち解けていたものの、やはり職場で顔を合わせなくなると疎遠になる。
私が仕事を辞めて帰国した後に会うことはなかったが、成田経由で旅行をすることになった際、教えてもらっていたメールアドレスに10年ぶりに連絡を入れた。
搭乗までの待ち時間に、ちょっとでも懐かしい顔が見られると嬉しいと思ったのだ。思い出の中の彼は、10年経っても色褪せずナイスガイのままだった。

しかし、待ち合わせ場所に現れた男性は、私が期待していた人物ではなかった。

「お前、誰やねん」
と口に出すことは堪えたし、失望も顔に浮かべないよう抑えたと思うが、上手くできていたか分からない。
もしかすると、「会えて嬉しい。元気そうで良かった」と言いながら、浮かべた笑顔が引きつっていたかも知れないし、顔を直視できず視線が泳いでいたかも知れない。

10年前にあれほど若々しかった彼は、再会時には年齢以上に老けこんでいた。何よりの変化は、快活さがすっかり失われていたことだ。

「仕事は相変わらず忙しいの?」
という質問の答えから、変化の理由が汲み取れた。

「いや、最近はそうでもない。仕事は早く上がって、毎日仲間と集まってバスケばっかりしてる」
「へぇ。今も空港近くの公団の社宅に住んでいるの?」
「もう公団じゃないよ、株式会社になったから。あれから色々あってね」
「そうなんだ…」

公団の民営化に伴って、彼の仕事環境や社内における立場には大きな変化があったようだ。そこにテレビドラマ的な社内政治のドラマがあったのかどうかは知りようもないが、彼の仕事に対する意欲が大きく低下していることは明らかだった。

滑走路の灯りを愛おしげに眺めながら、
「俺は空港が好きなんだよ」
と目を輝かせていたサイモンは、もう何処にもいないらしい。
思い出は美しいままに、憧れの人は憧れのまま記憶の中に封印しておけばよかったと激しく後悔し、お茶を飲んで別れた後、私は彼のメールアドレスを削除した。

ヒロシさんの方のヒロさん(以下、ヒロさん)は、誰からも一目置かれて好かれていたサイモンとは真逆だった。
私はヒロさんの人柄が好きだったので、よく一緒に地下鉄で帰っていたが、その姿を見咎めた同僚たちから

「ねえ、ユキってなんでヒロさんと仲良くしてるの?私はあの人嫌いだな」
「あー、ユキはヒロが好きみたいだから言いたくないけど、彼は困った人だよねぇ…」

などとしょっちゅう言われ、その度に悲しい気持ちになったものだ。
ヒロさんはとても穏やかで、一緒に居て心地よい人だった。にもかかわらず一部の人からひどく嫌われ、上司たちも彼の扱いに困っていた理由は、絶望的に仕事ができなかったせいである。

ヒロさんは神学校の学生で、パートタイムのチェックインスタッフとして雇用されていた。人生が絶望の縁にあった頃、たまたま目についた教会に入り、そこで奉仕活動をしていたイギリス人の奥さんと出会ったそうだ。神学校へ通うために家族で渡英してきたそうだが、本気で神父になるつもりがあったのか良くわからない。彼は自分を画家だと言っていたし、学校でも絵ばかり描いていたようだったから。

ヒロさんは苦労人で、人の痛みを知るからこそ優しさに溢れていたし、アーティストらしく感受性も豊かだった。
いい人なのは誰もが認めるところだったけれど、残念ながら任された仕事には向いていなかったのだ。なんと彼は、パソコンのキーボードを左右の指一本ずつでしか打てなかったのだから。

チェックインを手作業でしていた時代だったから、作業のスピード感は重要だった。
入力にとんでもなく時間のかかるヒロさんに、他のスタッフたちは呆れ、苛立ちを募らせていたのだ。あまりのノロさに痺れを切らしたお客様からのクレームも絶えなかった。

ヒロさんは、恐らくその歳になるまでパソコンはおろかワープロにさえ触れる機会が無かったのだろう。
キリストに救いを求める前の彼は、夜の水に浸かって生きてきたことを私は本人から聞いていた。彼が非常に思慮深く知的な人物であることを私は知っていたが、慣れない仕事に手間取り、もたつく姿しか見ていない同僚たちにヒロさんの良さは伝わらなかったようだ。

ヒロさんは決して他人を悪く言わなかったし、不平不満を漏らすことも無かったけれど、かなり居づらい思いをしていたに違いない。加えて、信仰に身を捧げることへも違和感があったのだろうか。
働き始めてたった4ヶ月ほどで、ヒロさんは帰国を決意して学校と仕事を辞めた。

ヒロさんはお別れ前に住所を教えてくれたけれど、妻子ある人と文通するわけにもいかず、それきり縁は切れていた。
次に彼の近況を知ることができたのは、15年後のことだ。

Facebookの利用を始めたばかりの頃に、もう一度会いたいと思う昔の知り合いを探したのは、私だけではないだろう。嬉しいことに、ヒロさんはすぐに見つかった。

彼の投稿は公開されており、そこには彼の作品や、取材を受けたインタビュー記事、これまでに受注した仕事、参加した展覧会と受賞歴がシェアされていた。
ヒロさんは画家になり、高い評価を得ていたのだ。

公開されているプロフィールとインタビュー記事により、私は日本に帰ってからのヒロさんが何をしていたのかを知った。彼は年齢のハンデをものともせず有名美術大学の受験に挑戦し、若い学生に混ざって絵画の技法を1からを学び直したのだ。
独学で描いていた頃も彼の絵は上手かったが、大学で学び、更に研究を重ねてオリジナルの技法を開発したことで、飛躍的に表現力を高めていた。

大学卒業後にもう一度イギリスへと渡った彼は、アーティストとして現地の協会に所属し、精力的に活動を続けている。
自然豊かな土地に素敵な家を構え、家族や友人たちに囲まれて幸せそうな様子のヒロさんは、

「あなたは誰なの?」
と思うほど、素敵な男性に変貌していた。
友達申請を送ると再会を喜んでくれたし、出来ることならもう一度会いたかったが、流石にイギリスは遠すぎる。けれど、彼の成功を知ることができただけで十分だった。

「人生って分からないものだな」
私はサイモンとヒロさんを比較していた。まるで二人の人生は、評価がひっくり返ってしまったようだったから。
颯爽としたエリート公務員だったサイモンは見る影もなく萎んでしまい、「使えない男」だと見下されていたヒロさんは、今やアーティストとして評価され、尊敬を集めている。

画家として身を立てられるようになったヒロさんに祝意を伝えると、ヒロさんは

「いやいや、芸術家でいるのは大変だよ。航空会社で働いていた頃の方が、ずっと楽だったくらい。あの会社はお給料が良かったしね。
特に大学に通っていた頃は苦しくて、転職なんて考えるんじゃなかった。仕事辞めなきゃよかった。早まったなーって、何度後悔したか知れないよ」

と謙遜した。もしもヒロさんが自分から辞職を申し出なかったら、翌週にはマネージャーからクビが言い渡される予定だったことを本人は知らない。もちろん、今更そんなことを知る必要はない。

ヒロさんの契約打ち切りが話し合われた時、
「ユキはヒロと仲良しだからこんなことを伝えるのは申し訳ないけど、ここだけの話、ヒロはクビが決まったよ」
とわざわざ私に耳打ちしに来た意地悪なスタッフに言ってやりたかった。
「ざまあみろ」と。
 
あの頃のヒロさんは、正しい場所に身を置いていなかっただけなのだ。30代半ばではまだまだ、その先の人生がどう転んでいくかなど分からないのである。


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【著者】マダム ユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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