最近「HRテクノロジー」という言葉をよく目にするようになりました。
「HRテック」と略されるのは、「HR(=Human Resource)」と「Technology」を掛け合わせた造語です。採用、評価、研修、管理などにAI、ビッグデータ、ICTなどの先端テクノロジーを導入し、人事に関わる業務を効率化させるというものです。
経営戦略上の役割も大きくなりつつあるHRテックですが、注目される背景と、人材派遣や人材紹介の業務にはどのように活用できるかを考えてみます。
労働市場・働き方の将来像と「2040年問題」
HRテックへの注目度が高まっているのには、少子高齢化、働き方への意識の変化、技術革新などいくつもの背景があります。
人口構成の変化で求められる業務効率化
少子高齢化が進む日本は現在、「2040年問題」を抱えています。
団塊ジュニア世代が高齢化し、65歳以上の高齢者人口がピークになるとされる年です(図1)。
企業の人手不足の問題はすでに顕在化していますが、今後、生産人口年齢がさらに減少していくことは明白で、人事業務の効率化が求められているのです。
技術革新と労働市場での「シェアリング」の変化
また、労働現場へのロボット導入の増加が予測されています。
NEDO(=新エネルギー・産業技術総合開発機構)の推計によると、ロボット産業の市場は2025年には5.3兆円、それが2035年には9.7兆円に拡大する見込みです(図2)。
「デジタルレイバー」への関心も高まっています。デジタルレイバーとは、定型化された作業をこなす従来のロボットとは違い、「仮想知的労働者」とも呼ばれます。
もともと人間にしかできなかった仕事を、機械やソフトウェアが変わって行うようになるというものです。
その結果、機械にはこなせないスキルを持つ人が複数の企業から必要とされる時代が始まりつつあります。
サイバーエージェントによると、インターネットを介して個人が自らの知識や技能などを売買することができる「スキルシェアリングサービス」の市場は、2024年には2018年の約3倍に達すると予測されています(図3)。
これらの背景から見えてくるのは、今後人材派遣・紹介サービスに求められるのは、「細部まで的確なマッチング」だということです。
求人側の的を射たスキルや柔軟な働き方ができる人材をいかにスピード感を持って紹介できるかが重視されるでしょう。
HRテックの導入事例
さて、HRテックと言っても、AIやビッグデータを活用し、従業員の動向を予測する、個人の研修内容を最適化するといった大がかりなものから、人材データの一元化といったものまで幅広く存在しています。
特に人材データの一元化は、クラウド上でデータ管理システムサービスを提供する企業が増え、利用しやすくなっています。
そして、その先を行くものの中から、人材派遣・紹介サービスを展開する上で参考になる事例を紹介します。
ピープルアナリティクスの活用
ひとつは、日立製作所の事例です。個人をより活かすための方法として、ひとりひとりの内面部分をデータ化し配属に利用しています*1。
日立製作所では個人の内面を可視化するために、個人の意識を「生産性サーベイ」と「配属配置サーベイ」という2つに分けて調査、マッピングしています。
たとえば、個人の生産性に関する意欲を調査する「生産性サーベイ」は3次元6因子で構成されています(図4)。
そして、個人が自分の属している部署や環境に納得しているかを数値化するために
「特性希望適合度」
「組織貢献意識度」
「対人関係安心度」
「相互刺激感知度」
「評価処遇納得度」
「役割意味理解度」
という6因子を設定しています。
ここまでは個人の因子ですが、組織にも同様に可視化のための因子を設定しています。
「役割明確性」
「価値観調和性」
「相互尊重性」
「成長促進性」
「環境快適性」
の5つです。
これらの個人因子と組織因子から、個人の生産性と配属配置のフィット感を計測するというものです。分析結果は個人や組織へのアドバイスなどに用いられます。
個人の内面や組織の状態というのは、聞き取りなどを重ねると膨大な情報量になりますが、独自の分析システムで解決し、効率化している形です。
人材派遣・紹介サービスにおいても、内面の可視化は確実なマッチングに有効です。また、日立製作所では結果を本人にフィードバックするということも実施しています。
不調の早期発見 ヘルスケアへの応用
また、KDDIが導入しているのがモバイルによる「AI社員健康管理」です。
2020年9月から全社員に提供しているもので、社員が業務用スマートフォンで1日1つの質問に答えていくことで、日々の回答が蓄積され、心身の変化が可視化されるというものです(図5)。
本格実施に先立った2019年4月からのトライアルでは、不調予兆者の発見時間を最大で6分の1に短縮したほか、心身不調予兆があると検知した100名の社員のうち、42%に対し実際のサポートが必要との判断をした、という実績があります*2。
こちらは、派遣先の社員の様子を毎日観察することはできないといった事情の中でも、健康管理を可能にするといった応用方法が考えられます。
日本企業の人材データ活用への関心
PwCのレポートによると、人材データ分析に対する日本企業の関心は、企業規模が大きいほど高い傾向にあります(図6)。
PwCはこのレポートで、「勘と経験に基づく人材マネジメントの限界」の到来が人材データ活用への注目度を高めていると指摘しています*3。
女性や高齢者、グローバル人材、ミレニアル世代の台頭などで人材の多様化が進み、ひとつの組織の中にも多様な価値観が併存しています。マネジメントにおいて、一定の価値観を前提とする勘や経験だけでは限界が見え始めているのです。
よって、事実やデータに基づいた人材マネジメントが必要になります。事実やデータという部分では、人材派遣・紹介サービスにこそ求められることとも言えます。
多様なニーズにどこまで応じられるか
また、HRテックの活用方法として、求人の傾向や求職の傾向をより正確にしたり、SNSなどから求人・求職のトレンドを探るといったことも可能になるでしょう。
人材データ、ピープルアナリティクスの使用例としては以下のようなものもあります(図7)。
マッチングはもちろんのこと、派遣・紹介先での人員定着率向上のためにもこれらの分析は有効です。
そしてコロナ禍において、働く人の意識が大きく変化しています。
内閣府の調査では、テレワークなどで家族と過ごす時間が増えた人のうち9割近くが「家族と過ごす時間を保ちたい、どちらかというと保ちたい」と答えています*4。柔軟な働き方を模索する求職者も増えています。
業務効率化だけでなく、その人の内面も含めた求職者の希望に応えるためにも、また、人の様々な側面の可視化を求める求人企業のニーズに応えるためにも、HRテックの存在感は増してくることでしょう。
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【エビデンス】
*1 「まるわかり!HRテクノロジー」日本経済新聞出版社 p70-73
*2 「HRテクノロジーを活用したストレス分析「AI社員健康管理」をKDDI社員へ提供開始」KDDI
https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2020/09/10/4670.html
*3 「ピープルアナリティクスサーベイ 2017調査結果」PwC
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2018/assets/pdf/people-analytics-survey2017.pdf p6
*4 「第2回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」内閣府
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20210119/shiryou3-1.pdf p25
【著者】清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
Twitter:@M6Sayaka