転職活動をする上でもっとも必要なことの一つは、自分の「市場価値」を客観的に認識することです。
しかし、中には明確に自分の市場価値について考えたりアピールできないままでいたり、とりあえずエージェントに登録すれば自動的に仕事を紹介して貰える、と思ってしまっている人も少なくないかも知れません。
また、求人企業側の事情もそれぞれですから、人の市場価値をどのように計れば良いのかは難しいところです。
実績として並べられる数字だけが全てではないという部分もあります。
市場価値、とは漠然としたものだと感じられてしまいがちです。
そこで今回は、転職希望者の市場価値を知るためのひとつの指標となる「インフォーマルパワー」という考え方についてご紹介します。
雇用関係とは「価値のやりとり」であるという基本
そもそも論になってしまいますが、企業と従業員の雇用関係は「価値のやりとり」によって成立しています。
従業員が「労働力」という価値を企業に提供し、企業は「給与」という価値を従業員に提供する、という関係が基本にあります。
しかし「価値」とは様々です。時間やお金、といった比較的可視化しやすいものに限りません。
特に現代はフリーランスやギグワーカーなどの台頭もあって、ひとつの仕事を多様な立場・働き方の人々が集まって進めていく、ということは珍しくありません。その分「価値」も多様化しています。
そして市場価値とは文字通り、
「その人がどのくらいの価値を直接的・間接的に企業に提供できるか」
の量であり質であると言うことができます。
企業が「給与」という価値を提供しようと思える人材であるかどうか、いくらの金銭を提供しようと思えるかどうか、それが市場価値です。
これには、スキルや実績だけでなく、人柄によって周囲に与える「空気を変える能力」、誰かの相談に乗ることによって生み出す「安心感」といった、無形のものも含まれます。
価値を生み出す力「インフォーマルパワー」
その中で、「価値を生み出し、事を成し遂げる」能力の目安になる「インフォーマルパワー」というものがあります。
ミシガン大学のマキシム・シッチ准教授は、この「インフォーマルパワー」の計算方法を提唱しています。
肩書きや立ち位置にとらわれずに仕事を進めていくために、まずは自分がどれだけのことをできるのか、できないのかを客観的に把握するための方法です。
特に転職者は、新しい環境、新しい人間関係という「多様性」の中にいきなり身を置くことになると言えます。
よって、その中でいかに周囲に価値を与えられるかを知るためにも、「インフォーマルパワー」の自己評価、そしてエージェントがそれを共有することも適切なマッチングの一助となるでしょう。
インフォーマルパワーの計算方法
では、そのインフォーマルパワーの計算方法とはどのようなものでしょうか。
シッチ准教授によると、このようなステップです。
インフォーマルパワーの評価方法
これらのステップの結果については、このように評価します*1。
まず、ステップ①の10人についてです。
この10人が、自分と同じチームや部署、部門、同じビルで働いている、と物理的に近い人の数が多いほど人脈の狭さを意味し、業務や肩書きを超えて頼りにされる価値を生み出す能力に乏しいとされます。
次に、ステップ②、③についてです。
ステップ②、③のスコアを比較して、相手から提供されている価値以上のものを相手に提供できているかを確認します。
しかし、与えている価値のほうが大きければそれが良いというわけではありません。受けるだけで与えていない関係は論外として、与えるだけのアンバランスな状態もまた、長期にわたって関係を維持することが難しい可能性があります。
インフォーマルパワーの危険信号と転職理由
そして、シッチ准教授はこのような注意点にも触れています。
狭い範囲での価値のやり取りしかしていない人が転職を考えた場合、転職先でも狭い関係しか構築できない可能性が出てきます。
前職を辞める理由に「人間関係」を挙げる人の場合、もしかすると、もともとの「人間関係」がごく狭いところにしかなかった可能性もあります。
一方で、所属や肩書きを超えてダイナミックに価値のやり取りをしている人は、組織や肩書きにとらわれずに物事を遂行できることでしょう。
どこかが断絶しても、全く異なる場所の人たちとの価値のやりとりがあれば、異なる環境に身を置いても物事を進められます。
あるいは、そのような算段がすでに頭の中にある転職希望者もいることでしょう。
インフォーマルパワーは、新しい環境に身を置くことになる転職者にこそ必要な要素と言えます。
価値を「見つける」力も重要に
「人間関係」「給料」など不満が先行する転職希望者の場合、このような視点から自分を見つめ直す時間を確保する必要があります。
「あなたは前職から何を受け取り、何を与えてきましたか」
という質問は、自分の市場価値を認識しているかどうかのひとつの指標になるでしょう。
特に、「何を受け取ったか」に対してあまりにも鈍感である転職希望者は「求めるだけの人」であり、転職先でも同じ不満を抱く可能性が高いと言えます。
また、「何を与えてきたか」という質問に対しては、自分をよく見せようと考えればいくらでも出てきます。
前職がよほどのブラック企業でもない限り、何かひとつふたつでも「受け取っている価値」はあるはずです。転職希望者がそれに気づいていない場合はまさに「危険信号」です。
これまでは比較的売り手市場にあった転職市場も、もはやそうではなくなっています。
無形の「価値」の存在を認識し、それを受け取っているという謙虚さも持ち合わせてはじめて、その人の「市場価値」を客観的に計ることができることでしょう。
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【エビデンス】
*1「肩書きに頼らず組織を動かす方法」ハーバード・ビジネス・レビュー 2021年4月号 p91
【著者】清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
Twitter:@M6Sayaka