「人を見る目がある」はだいたいウソ。

コンサルタント時代、「私は人を見る目がある」と述べたり、またはそう仄めかす経営者に、少なからず遭遇したことがある。

本人がそのように認識していることに対して、別にとやかく言うつもりはない。
誰がとがめる話でもないだろうし、採用の最終決定が、経営者であることに異論はない。

ただ、残念ながらそんな会社であっても、「経営者の社員への愚痴」が少ないわけではない。

「自分は採用がうまい」と言いつつ、社員のモチベーションが低いだの、成長意欲が低いだの、様々な文句を言うのは、どう考えても一貫性という意味では破綻しているのだが、そこはあえて突っ込むところではないので、いつも黙っている。

とはいえ、こうした経営者のふるまいは「採用担当者」にとっては、迷惑千万だろう。
「自分は人を見る目がある」と考えている経営者の元での採用は、非常に難しいからだ。

例えば、こんなことがあった。

「今までよりも、技術力の高い人を採用したい」と、社長に新しく任命された採用担当者がいた。
そこで彼は、それまでの採用経路をすべて見直した。

それまでは慣例として適当に行われていた筆記試験を見直し、より広範囲で、比較データを取れる業者に切り替えた。

応募の経路も、それまでの「広告媒体」のみから、ダイレクトリクルーティング型の経路に加え、紹介会社の経路、SNSによる経路など、様々な経路からの応募増加を試みた。

そしてもちろん、面接のやり方も変えた。

それまで、マネジャーや役員がめいめいに、自分が聞きたいことだけを聞いていた面接を根本から変えた。
質問を標準化し、面接の各段階での「よい回答」の基準を決め、応募者同士の比較を可能にした。

ただ、彼が唯一変えられなかったのが、「社長面接」だった。

社長が「私は人を見る目がある」と自負していたため、採用担当者はそこに対してメスを十分に入れることができなかったのだ。

しかし、この採用担当者は、「まあ、最終的な採用の責任があるのは社長だというのは間違いない。」と自分を納得させた。
「改革の中身も、すべて社長に説明しているし、社長も「今までとは違う応募者の質」だと、絶対にわかってくれるだろう」と、彼は考えていた。

そして応募が始まった。
それまでに来ていた応募数の5倍を優に超えるだろう、応募者が集まった。
様々な経路を駆使して、採用活動を工夫した結果だった。

そして応募者の質も高かった。
「求人媒体」に適当に広告を出して集まってくる人たちより、明らかに技術力は高く、採用担当者は、採用の成功を確信した。

ところが。
最後に問題が持ち上がった。

「社長面接」で、筆記や面接でほぼパーフェクトな結果を出した候補者が、次々と落とされるという事態が発生した。

採用担当者は焦ったが、自分を落ち着かせ、謙虚に考えた。
「社長とのすり合わせをもう少しすべきだった」と。

「最初のうち、社長のイメージと違うのは、仕方がない。好き嫌いもあるだろうし、データだけで測れない部分もあるだろう」と。

そこで、採用担当者は、PDCAを回すべく、社長に尋ねた。
「申し訳ございません、候補者が社長の求める水準にあわず……」

それはかなり謙虚な言い方であり、しかも事実ではなかった。
候補者の技術水準は、明らかにそれまでよりも高かったからだ。
しかし、この担当者はそれを曲げても、社長の意向を汲もうとしたのである。

そして、担当者は聞いた。
「なぜ、Aさんを落としたのですか?次からの選考に反映させたいのですが……」

マネジャーも役員も「良い」と言った人物なのだ。

それなりの理由があるはずだ。

社長は言った。
「ん-、何となくピンとこなかったんだよね。」

担当者は唖然とした。
「ピンとこない……ですか?もう少し情報をいただきたいのですが……」

社長は言った。
「すこし元気がない感じかな。」

「元気がない……具体的にどのような事象を見て、元気がない、と感じたのでしょう。もう少し具体的に言語化していただきたいのですが。」

「ん-、難しいなあ。でも、私はいろいろな人を見てきたので、間違いないと思う。

担当者は困ってしまった。
この情報だけでは、また同じことの繰り返しになる、と。

「社長が言ったのは「技術力が高い人が欲しい」という、注文でした。技術力については問題ないでしょうか?」

「ん-、まあね。」

「何か問題がありますか?」

「技術力は大事だけど、人間力だよ、結局。」

「社長……そこは何度も確認したじゃないですか。」

「技術者も、お客さんとやり取りするわけだからね。」

採用担当者は、社長から具体的に聞くのはあきらめ、何度かやり取りをした後、
「結局技術力よりも、社長面接での印象が重視されるのだ」
と結論付けた。

そして「技術力というより、人当たりの良い人」を集中的に通すようにした。

するとどうだろう。
社長面接での通過率は、圧倒的に伸びたのだ。

担当者は悟った。

「技術力の高い人が欲しい、といいつつ、結局社長は、印象で決めているのだ」と。

事実、社長が好む人材は、過去に会社に入ってきた人物と、ほぼ変化はなかった。
そして相も変わらず、社長は社員に愚痴を言い続けた。

この採用の問題点はいったい、何だったのだろうか。

間違いないのは、「社長」は採用したい人材を変えるつもりが全くない、という事実だ。
実際、「社長」はすべての採用変革プロセスを無視し、自分の主観を重んじた。

それ自体は否定されるべきことではないが、
「今までよりも良い人を採用したい」という時、従来から大して変化していない社長の主観に頼っているようでは、大して成功しない。

なぜかと言えば、客観的事実として「面接での印象は、仕事のパフォーマンスとあまり関係がない」からだ。

考えてみてほしい。高々1時間程度話しただけで、その人がどの程度、仕事のパフォーマンス
を出すのか、わかるものだろうか。
わかるはずがない。

「面接は、最初の1分間で合否が決まり、後の質問は、すべてその印象を強化するために使われる」という言葉があるが、人間のバイアスはそれほど強いのである。

そして、「人を見る目がある」という責任者ほど、そのバイアスに囚われている。
「人を見る目がある」はだいたいウソだ。

採用を根本から変えたいなら、まずは「主観」を排して、できうる限り標準化された手法と、データに基づく意思決定をすべきなのだ。

それは要するに「経営」とまったく同じことなのだが。


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【著者】安達 裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(http://tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。Twitter:安達裕哉