家族への経済的リスクが高ければ、「45歳定年制」は夢のまた夢

先日、サントリーの新浪剛史社長が「45歳定年制」に言及し、話題になった。こういう「既存のシステムに風穴を開ける」系の発言は批判されるのが世の常だから、当然といえば当然かもしれない。

ちょっと気になってこの件に関するさまざまな記事、コメントを読んでみたが、そのなかで気になったのは、議論が「労働者」の視点に偏っていることだ。

いやまぁ、働き方の話だから、労働者視点になるのは当然なんだけど。でも労働者ひとりひとりに家族がいることを考えると、「家庭」の存在は無視できないと思う。

早期退職者募集の流れのなかで「45歳定年制」

事の発端は、9月9日。サントリーの新浪剛史社長がセミナーで、「45歳定年制にする」と発言したことだ。

真意としては、「いままでのような(高度成長期時代の)やり方ではダメ、人材の流動化で経済を活性化したい」「45歳という節目でセカンドキャリアを考えるべき」「個人が会社に頼らない仕組みが必要」というものだったらしい。

「45歳定年になれば、若いうちから勉強してその準備をし、自立したキャリアを築けるようになるだろう」と。

それだけ聞けば、そこまで批判される内容ではないような気がする。

しかしその発言は、ホンダや大和ハウス工業のような大企業が、早期退職者を募集していたタイミングだった。「セカンドキャリア支援」を謳っていても、45歳定年制が「ていのいいリストラ」と受け取られる背景があったわけだ。

コロナ禍のなか、どこも「コスパが悪い中年社員」を持て余しているのかもしれない。

こういった批判がある一方で、45歳定年制の是非はともかく、「自らがキャリアを選択して企業から自立するのは当然の流れ」だと容認する声もあった。

もうすでに終身雇用制度は崩壊しているし、上が入れ替われば組織の新陳代謝が良くなる、という意見だ。

どちらも正しく、一理あるだろう。

しかし疑問なのは、この議論において「労働者としての45歳」ばかりが注目されていることだ。働き方は、本人だけではなく、家族にとっても大事なことなのに。

8割が既婚、高校受験を控えた子どもがいる「45歳」

厚生労働省によると、45歳から49歳の男性の未婚率は25.9%、女性は16.1%。「未婚」に当たらない人が「既婚」だと考えると、男性の74.1%、女性の83.9%、ざっくり8割の人が結婚していることになる。「家庭」の存在は無視できないだろう*1。

令和元年の人口動態統計によると、第一子を生んだときの女性の平均年齢は30.7歳だそうだ*2。

夫婦同い年だとしたら、15年後の45歳、子どもは高校受験を考える年齢になる。下のきょうだいはまだ小学生、という家庭も多いだろう。

塾や部活、習い事、修学旅行の積立金、受験費用……お金はいくらあっても足りない。

子どもがいなくとも、マイホームのローンだってたんまり残っているかもしれないし、70歳近い両親の介護も視野に入ってくるかもしれない。そういえば、女優の杉田かおるさんが介護のために休業したのも、たしかアラフィフだった。

さらに付け加えるなら、女性の平均閉経年齢は50歳。その前後5年間が更年期というから、45歳であればまさにドンピシャである。

そんな状況で「セカンドキャリア」を考える余裕がある人って、いったいどれだけいるんだろう?

子育てを機に退職し、扶養控除内でアルバイトしている女性だって多いのにさ。美容院行く回数を減らして子どもの塾代捻出しているなか、一家の大黒柱が「セカンドキャリアに挑戦するぞー!」って言ってもねぇ……。

「45歳定年制」が結局のところ、「仕事のことばっかり考えている男性視点の議論」に見えてしまうのは、わたしが女だからだろうか。

家庭のことを考えれば、「45歳でキャリアにおける大きな選択をする」ことのむずかしさが、すぐにわかると思うのだけど。

なぜ企業にしがみつくか、想像したことがあるのか?

年功序列や終身雇用は、たしかに多くの経営者を悩ませるだろう。「正当に能力が評価されない」と不満を持つ若者も多い。

しかしもとはといえば、それらは男性ひとりで妻や子どもを養うための「家族主義」の仕組みだったのだ。

若いときは低賃金だが、結婚するくらいの年齢になれば少し余裕ができるようになり、子どもにお金がかかるタイミングでそれなりに昇進している。定年後は、退職金でのんびり余生を楽しめばいい。

いい悪いはともかく、終身雇用や年功序列は、このようにして「日本の家族」を支えていた。

それが「崩壊した」「もう限界だ」と言うのであれば、今度はいったいなにが「家族」を支えてくれるのだろう。その「支え」がないから、企業にしがみついて必死に家族を養う人がたくさんいるんじゃないのか?

「給料に見合う働きをしていない中年社員」を揶揄するのはいい。でも、じゃあその人たちにパソコンの使い方をレクチャーしてあげたのだろうか? パソコン教室に通う時間的余裕を与えたのか? そうやってキャリアのために努力した人を正当に評価したのだろうか?

朝から晩まで働きその企業のやり方しか知らず、自己研鑽する時間ももてず、自己投資するほど経済的余裕もなく、交友関係も社内のみ。

「企業にしがみつくな」と個人の無能さを盾に責任転嫁しているだけで、その人がその会社に依存しないと生活できない環境にしたのは、企業自身ではないのか? 企業にしがみつかないと路頭に迷う社会に、その責任はないのか?

と、わたしは思うのだ。

家族にリスクが及ぶ選択肢はハードルが高い

大事なのは、個人の能力はもちろん、「安心して挑戦できる環境」だ。

新浪社長は、終身雇用や年功序列自体を否定し、若い人やバリバリ働く人の賃金が早く上がるようにしたい、と述べている。さらに、リカレント教育を推奨し、週休3日制を提唱するなど、「セカンドキャリアに向けた準備」についてもしっかり考えているように思える。

しかし問題は、「週休3日になったら給料はどうなるの? ローンは払える?」「資格を取得したらちゃんとキャリアアップできるの? 昇進させてくれる?」というところなのだ。

だって、自分だけでなく、家族の生活がかかっているのだから。

もちろん、家庭への影響ゼロのセカンドキャリアなんて、まずありえない。だから、企業が定年まで面倒を見ないのであれば、そのぶんなにかしらのリスクヘッジを用意をしてあげなきゃいけないのだ。

一例として、わたしが住んでいるドイツの話をしたい。

通信大学に通うために時短ワークをすれば給料は下がるが、公立の学費はタダか格安だし、学位取得後のキャリアアップで元は取れる。国からの支援を頼れば、子どもが飢えることはない。

労働時間や給料の交渉も一般的なので、「今後のキャリアを考えてこういうことをしたいがサポートしてもらえるか」なんて打診もOK。

女性も働いて当然、子育て後も社会復帰できるようさまざまなルールがあるので、共働きで経済的に協力しやすい。

「家族が介護すべき」という価値観もそんなに強くないから、両親の介護が必要になったら施設やケアサービスを積極的に利用すればいい。

こういう環境だから、「大学に通って勉強しなおそう」「労働時間を交渉して資格取得を狙おう」なんて選択肢が出てくるわけだ。

実際、義兄は専門学校を卒業して就職したが、今後のキャリアを考え時短ワークにして学位取得を目指している。そのあいだ、子育てのために時短ワークしていた義姉が仕事を増やすそうだ。もちろん、国からの支援でもらえるものは全部もらう。

「挑戦しても路頭に迷わない」という目算があるからこそ、できたことだろう。

まぁそのぶん、キャリアアップには実績が必要だし、企業は育児休暇を望む従業員を守らないといけないし、どこかにしわ寄せがいくんだけどね。

ただ、「セーフティネットがあれば企業から自立しやすい」とはいえるだろう。

「45歳定年制」は企業だけではなく、家族や社会全体に関係するテーマ

「我が社はセカンドキャリアのためにこういう仕組みを用意しています」というアピールは、そこで働く従業員には響くかもしれない。しかしその人の家族の「安心」を得られるかは、また別の話だ。

どういうキャリアを歩むかは、本人だけでなく、家族にも影響が大きい。

だから働き方の話をするのなら、「家族への影響」についても、もっと目を向けるべきだと思う。

なにかしらのセーフティネットがなければ、セカンドキャリアへの挑戦は、「ただの経済的リスク」でしかないのだから。

そのリスクを減らすのは、女性の社会復帰支援かもしれないし、高校や大学の授業料無償化かもしれないし、介護しながら働ける柔軟な時短ワークシステムの導入かもしれない。

一企業でサポートできることもあれば、社会全体でフォローしなければ厳しい場面もあるだろう。

要は、「45歳定年制」の議論では、各企業だけでなく社会や家族のあり方を丸ごと考えなくてはいけないのだ。家族への経済的リスクを減らさなければ、身動きが取れない人だって多いのだから。

そこをクリアできれば、案外「これをやってみたかった」「じゃあちょっと挑戦してみよう」なんて人は結構いると思うが、いかがだろう。


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【エビデンス】
*1 厚生労働省「年齢階級別未婚率の推移
*2 厚生労働省「人口動態統計月報年計(概数)の概況」p5


【著者】雨宮 紫苑
ドイツ在住フリーライター。Yahoo!ニュースや東洋経済オンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。
Twitter:@amamiya9901