「この女すげぇ」結婚・出産を経てキャリアを積み上げた、尊敬する友人の転職人生

「あっ、ねぇ。花火、花火!ほら、後ろ見て。花火あがってるよ!」

レイカに促されて後ろを向くと、眼下に広がる東京の夜景の中に、ポッ、ポッと、小さな光の花が咲いては散っていくのが見えた。近くから見上げればきっと迫力があるのだろうけれど、これだけ距離が離れていて、しかも上から見下ろす位置だと打ち上げ花火もおもちゃみたいだ。

「あぁ、本当だ。今年初めて花火みた。動画でも撮っとこうかな」

だがスマホを向けた途端に、儚い花たちは姿を見せなくなってしまった。どうやら花火大会ではなかったようだ。何かのイベントのフィナーレだったのだろうか。

「あ〜あ、ユキがのんびりしてるから終わっちゃったじゃん」

クスクス笑うレイカの声の調子と仕草が28年前と変わらなくて、学生時代が戻ってきた気分になる。
そういえば、大学に入って最初の夏に、レイカとも一緒に花火大会に行ったっけ。もう二人ともあの頃みたいに、大混雑するイベントにわざわざ出かける若さは無い。花火はこんな風に静かなホテルのラウンジバーから、ちょこっと眺めるくらいで十分だ。

「でもさ、ちょっとだったけど花火が見られて、なんか得したね。ここのラウンジも落ち着いてて、案外いいわ。夜景も綺麗だね」

満足そうに目を細めるレイカに、「そうだね」と相槌をうちながら、「そうかな」と思っていた。

新宿の夜景って、こんなに寂しかったっけ。この辺りの夜の景色は、昔はもっと煌びやかだった気がする。
電力不足の影響で節電でもしているのか、あるいはコロナの影響でリモートワークが進んだ為に、オフィス街の明かりが少ないのだろうか。
ホテルが入っているこの高層オフィスビル自体も、驚くほど人が少なく薄暗かった。地下の飲食店街の廃れっぷりに至っては、目を覆いたくなるほどだ。30年近く前は出来たばかりで、多くの人が行き交う最先端の場所だったのに。

学生時代、私はこのビル内で開催される美術展や舞踊公演の受付で、アルバイトをしていたのだ。懐かしい場所がこんな風に寂れているのを目の当たりにするのは、何とも言えず切ない気持ちになる。

変わってしまったのはここだけではない。駅周辺の景色も昔とは違っていた。
レイカと二人でよく買い物に行った駅ビルは、当時は若者向けのファッションブランドがひしめいていたのに、今ではOLやミセス向けの商品ばかりが並んでいて、明らかに客層が高齢化している。

コギャル文化が華やかだったあの頃のように、鮮やかで大胆なファッションで街を闊歩する女の子たちも見当たらなかった。

首都圏の私立大学で教鞭を取り、仕事で日々若い学生たちと触れ合っているレイカによれば、
「最近の子はメルカリやECで買い物するからね。その世代向けの実店舗は少ないかなぁ。
それに、今はみんなお金がないもん。学生はユニクロばっかり着てるよ」
ということだ。

レイカは、昨年までは日本を代表する大手メーカーに勤めていたが、このコロナ禍のさなかに転職を果たしていた。
社会がコロナに翻弄されている渦中だからこそ、転職したい気持ちに弾みがついたのかもしれない。それまで勤めていた会社につくづく嫌気が差してしまったという。

「給料も待遇も環境も居心地も、何もかも前の職場の方が良かったけど、それでも大企業の非効率なところやスピード感の無さには、もう耐えられなくなっちゃったのよ」

と、うんざりした表情を見せた。管理職に推薦されていた為、もしも会社に留まっていれば昇進が確実だったのだが、辞めて後悔はないそうだ。

「大企業が活躍していた時代は終わったの。これからはスタートアップ企業が世の中を変えていくのよ。大学で沢山の若い企業人と会うようになって、そう感じる。彼らは生きる熱量、スピード感と決断力が全然違うんだもの」

熱のこもったレイカの話を聞きながら、「そうなんだろうね」と相槌を打った。
コロナ禍が始まるよりも前から、どんな大企業でも社員に副業の奨励や早期退職者の募集を始めていたのだ。中にいる人間の方が、その凋落ぶりや停滞を強く感じるに違いない。

レイカも副業が解禁されてすぐの頃から、転職の準備として大学講師を始めていた。そして数年の準備期間を経たのちに、中堅の私立大学で准教授のポストを得たのだ。
レイカ自身は大学院を出ておらず、学歴は高くないのだが、前職で活躍してきた実績が高く評価されたようだった。

巷には大学院で博士号を取得しても安定した職に就けず、大学で常勤ポストの空きを待ちながら、非正規の立場で活動を続けざるを得ないポスドクが数多く居ると聞く。
そうした研究者たちを飛ばしてレイカが准教授のポストに就けたことに驚いたが、中には大手企業の社員からいきなり教授になってしまう例もあるそうだ。

最近の大学ではコツコツ研究を続けてきた者よりも、実社会で実績を積んだ者の方が重用される風潮なのだろうか。

とはいえ、准教授というポストも決して楽ではないらしい。あまりに忙しく、定時に帰れることなど無いという。

「やらなきゃいけないことが多過ぎて、前の仕事よりずっと忙しいの。私、続けていけるか分からないなぁ」

ため息をつくレイカを見て、「あぁ、また始まった」とおかしくなった。彼女はいつもこうなのだ。

レイカは会社員をしていた頃からずっと、私と会うたび「会社辞めようかな」「転職を考えてるんだよね」と言い続けてきたのだから、こちらも心得ている。

口ではどう言っていようとも、基本的にキャリア志向の彼女が中途半端に仕事を投げ出すことはない。私を相手に愚痴を吐きながら、「もう辞めよっかなぁ〜」とくだを巻いているうちは、しょせん本気で辞めるつもりなど無いのだ。

私はレイカから仕事の愚痴と転職願望を聞かされるたび、
「もうちょっと頑張ってみなよ」
となだめてきた。そう言って引き止めて欲しいから、わざわざ私に連絡していたと思える節もある。

だからこそ、レイカが遂に転職を決意した時には連絡がなかったのだろう。
大事な決断はちゃんと自分でする人だ。そういう芯の強さは学生の頃から変わっていない。

レイカほど、良い意味で外見から受ける印象と中身が真逆の女も他に居なかった。
出会った頃の彼女は、大学のキャンパス内でも可憐な美貌がひときわ目立つ美少女で、小柄ながらバランスの取れた体に幼い顔立ち、独特の甘ったるい喋り方はクラスの男子のほとんどをたちまち虜にしてしまった。その一方で、女子は私以外のほぼ全員を早々に敵に回してしまったのだ。

クラスの女子たちは、レイカのやることなすことが「男に媚びている」と気に入らない様子で、「何あの喋り方」「何よ、あの服」「何あの態度」といちいちバッシングをしていたが、レイカは決してうつむかなかったし、悪びれもしなかった。

ある日の講義の最中など、クラスの女の子たちがいくつものグループに別れ、それぞれがレイカをチラ見しながらヒソヒソ話をしていた。悪口を言われていることは明白であり、普通の女の子ならいたたまれずに出ていってしまうような場面だったが、レイカは彼女たちを一瞥すると、
「私、ブスに何いわれても悔しくないから」
と涼しい表情で言い放ったのだ。その強さと辛辣さに、「この女すげぇ」と尊敬してしまって以来、私たちは友達だ。

レイカは今でいう港区女子のはしりだった。ネットでは「港区女子の悲しい末路」といった、美貌を武器に華やかな暮らしを送っていた女性が、カンチガイしたまま歳をとって落ちぶれていくというコンテンツが人気だが、それはあくまで一部の愚かな女たちの例でしかない。

多くの人には面白くない事実だろうが、レイカのように強かな女は転落などしないのだ。ちゃんと若い頃から身の振り方を考えており、何も考えずに浮かれ踊っているようでも、実はしっかり足元を見て生きている。

若い頃のレイカは、プライベートでは美しい女の子である事を活かして甘い汁を吸っていたが、仕事では女の子扱いを拒んでバリキャリの道を進んだ。
男たちと競いながら実力をつけ、堅実な相手と結婚し、「女は結婚したら、あるいは妊娠したら辞めるもの」とされていた社内の空気に抗い、マミートラックに乗せられることにも反発し、仕事で結果を出してきた。

古い体質の企業内で上司や既存のルールと常に戦い続け、後に続く女性社員たちに道を切り開いたのだ。

「イバラ道を進み続けたおかげで満身創痍よ」
と笑っていたが、なかなか出来ることではない。
レイカが社内で「働く女」のロールモデルとなり、パイオニアになれたのは、昔から変わることのない強かさの賜物だ。あざといからこそ彼女はここまで来れたのである。

「はぁ〜。仕事はめちゃくちゃ忙しいのに、自分の研究のフィールドワークもあって、大変過ぎる〜」
と愚痴るレイカに、私はいつものように、
「大変なのは慣れるまでだって。まだこれからなんだから、頑張りなよ」
と励ました。
きっとレイカは、大学でも上手くやっていくだろう。やがては教授になるに違いない。それが今から楽しみだ。

これからの日本を塗り直していくのは、スタートアップの若い企業人たちと、レイカのようにパワフルで強かな女たちではないだろうか。
それまで私は愚痴の聞き役を務めるとしよう。いつか東京の夜景もまた、煌びやかに輝く日が来ると信じて。


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【著者】マダム ユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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