社会は、自分の知らないことに満ちています。
ただ現代では、インターネット、特に検索エンジンを使えば欲しい情報を抽出することができるようになり、自分の専門外のことについても知ることができます。
しかし大切なのは、「適切な情報」に「早く」たどり着く能力です。
検索エンジンを使って必要な情報を的確なサイトから早く探し出す能力は、近年「検索力」と呼ばれています。
「検索力」はいまやビジネスのあらゆるシーンで欠かせないスキルです。
ではこの能力、どのようにすれば向上させることができるのでしょうか。
ネットがあれば何でも知ることができる、は本当?
ビジネスシーンで何かを聞かれて「〜だと思います」と答えるのは控えたいものです。
意見を求められているならともかく、何かを確認したい、何かについて教えてもらいたいという意図での質問に対し、「〜だと思う」という答えは、何も言っていないに等しいからです。
今であればその場でスマホを取り出してすぐに物事を調べることができるでしょう。しかし急いで答えを求めてしまうと不正確な情報や、場合によってはデマに引っかかってしまうことは少なくありません。
また、様々なリサーチもネットで可能になりました。
しかし、これもまた不正確であったりウソであったりする情報をもとに調査を進めていくと、どんどん事実とかけ離れた結論に進んでしまいます。
このような事態に陥らないために必要なのが「検索力」です。
その場で求められている情報を早く的確に探し出すスキルは、情報に溢れる現代では不可欠なものです。
ネットを通じて多くの情報に接することができますが、ウソにも接してしまうのが現代です。
「検索力」に関するテスト
さて、学生の情報検索力について、こんな実験があります。
ネットの検索機能を使って、以下の問題に答えるというものです(図1)。
10個の設問に対して制限時間は40分ですから、1つあたり平均4分以下で答えを探さなければなりません。
皆さんでしたら、どんなワードを打ち込み、どんなサイトから情報を得るでしょうか?
この問題を高校生と大学生に出したところ、高校生と大学生で正解率に大きな差が出た設問は5、7、8、9でした(図2)。
研究では、設問5、7、8について、高校生のログをたどった結果があります。
何が違ったのでしょうか。
この実験は15年以上前のもので、今はネット上の情報量も検索エンジンの性能も格段に上がっていますので事情は異なります。しかし「検索力」に欠かせない要素が詰まっています。
特に7と8について見ていきましょう。
「ねこじゃらし」の正式名称は?
まず、設問7です。
「普通、ねこじゃらしと呼ばれている道ばたの雑草の正しい植物名を書きなさい。」
正解できなかった人、できた人のログには違いがありました。
正答を導くことができなかった被験者は、「ねこじゃらし」「正式名称」などのキーワードで検索を開始し、大量の検索結果から適切な情報を絞り込めずに迷走を繰り返している。正答にたどり着いた被験者は、「植物図鑑」「雑草」などのキーワードを入力したり、キーワード検索ではなく「YAHOO!」のディレクトリ検索を利用したりしている。
引用:「インターネット検索能力の差異に及ぼす要因の検討 その1」福島健介、小原格、生田茂 2005年 p118
「ディレクトリ検索」は今はありませんが、一度の検索で思うような結果が出なかったとき、関連するキーワードを思いつくかどうかで差が出ているのです。
それも、関連キーワードは的確なものでなければなりません。
この場合、皆さんはどんな検索をするでしょうか。
筆者であれば、「ねこじゃらし 正式名称 :go.jp」と検索します。ご存じの方も多いと思いますが、「go.jp」は政府ドメインであり、公的機関の発信している情報であることが明確だからです。
筆者の場合、国立科学博物館にたどり着いてようやく安心します。
沖縄県那覇市字古波蔵の郵便番号は?
次に、設問8です。
「沖縄県那覇市字古波蔵の郵便番号を調べなさい。」
さて、この設問の場合、もうひとつハードルが上がります。
まず、「沖縄県那覇市字古波蔵」の地名を知っていれば別ですが、まず読めません。2つのスキルが必要です。
ひとつはこのようなものです。
誤答者に見られる典型例は 2点あった。一つは「沖縄県那覇市字古波蔵」の「字(あざ)」を固有住所名の一部と勘違いし、「古波蔵」を探すことができずに那覇市の郵便番号を回答した事例であった。
住所の「字」表示という背景知識の欠如がこの誤りの原因である。
引用:「インターネット検索能力の差異に及ぼす要因の検討 その1」福島健介、小原格、生田茂 2005年 p119
今は上記の検索結果で日本郵便のサイトがすぐに出てきますが、当時はそうはいかなかったのでしょう。
しかし、この「字」について知っていて、「古波蔵」を検索することを思いついたとします。しかしこの設問には、もうひとつのトラップが仕掛けられています。当時の検索事情ではありますが、このようなものです。
もう一つは、郵便番号検索サイトを訪問せず、「沖縄県那覇市字古波蔵」をそのままキーワードとして入力した誤りであった。この場合、同住所にある企業や公共施設が検索結果として表示される。誤答者は、その中にある公共施設のサイトを訪問し、そこに表示されている郵便番号を回答した。ところが、この施設は独自の郵便番号を保有しており、当然ながら,古波蔵の郵便番号とは異なるものであった。
引用:「インターネット検索能力の差異に及ぼす要因の検討 その1」福島健介、小原格、生田茂 2005年 p119
「一次情報とは何か」ということにかかわる問題です。情報リテラシーの根幹部分です。
この場合、一次情報とはどこにあるのか。
日本郵便だと瞬時に思いつくことが必要です。
ネットが便利だからこそ必要とされるもの
今は多くのサイトがあり、ネットで情報を集めることは簡単なことだと思われがちです。
しかし、便利すぎるが故に気をつけなければならないこともあります。
先ほどの「ねこじゃらし」の設問もそうですが、まず多くの検索結果に対し、今はWikipediaが上位に出てきます。
ここで立ち止まって考えなければならないのは、それを鵜呑みにして良いのか?ということです。
筆者はWikipediaの存在そのものは悪いものだとは思いません。そこに出てくる単語を足がかりに一次情報に近づくことができるからです。
ただし、Wikipediaは「裏を取った」ことにはなりません。「誰がそう言っているの?」と問われて、答えることができないからです。
ビジネスにおいても、「Wikipediaに書いてありました」で話が通ることはないでしょう。
多くの人が「見ている」サイトであることは間違いないのでしょうが、検索上位=正しい、とは限らないのです。早さで言えば抜群でしょうが、自分の答えたことに責任を持てるか?そう疑わなければなりません。
結局のところ、必要なのはネットの外で得た知識や、「正しく検索した」知識の積み重ねから生まれる思考力です。
点と点を線で結ぶ力、あるいは逆に、線の上にどのような要素が乗っているかを連想する力です。
また、筆者が新入社員研修に関わっていたとき、先輩が新入社員に伝えていた印象的な言葉があります。
それは、「まず『知らない』ことを正すべき」という趣旨のものです。
わからないことに遭遇したとき、ポケットからスマホを取り出してネット検索するのは簡単なことです。
しかし、そればかりに頼っていることが好ましいのか?そうではないと筆者は考えます。
というのは、それは自分の脳をWebの世界に全て預けているような状態になってしまうからです。
思考や連想力は、鍛えなければ身につきません。しかし、鍛えることができるのも事実です。
これらオフラインの能力とネットの便利さがあってはじめて、ネットを味方につけることができるのです。
なお、筆者は上記の実験に、ひとつ注文があります。
設問5の「平成14年度の千代田区の人口」とは、「平成14年度末時点」ではないのか?
おそらくテスト中に手を挙げて質問すると思います。
このように、「疑う力」もまた必要なのです。
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【著者】清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBS報道記者として勤務。
社会部記者として事件・事故、科学・教育行政その後、経済部記者として主に世界情勢とマーケットの関係を研究。欧米、アジアなどでの取材にもあたる。
ライターに転向して以降は、各種統計の分析や各種ヒアリングを通じて、多岐に渡る分野を横断的に見渡す視点からの社会調査を行っている。
Twitter:@M6Sayaka