【弁護士が解説】同業他社に転職しない旨の誓約書は有効? 職業選択の自由違反?

会社を退職する際、同業他社に転職しない旨の誓約書の提出を求められるケースがあります。退職後の転職を制限されてしまうことは、労働者側にとって大きな不利益です。

退職後の競業制限は、職業選択の自由との関係で違法となるケースもあります。もし会社から競業制限の誓約書の提出を求められた場合には、法律上の留意点を踏まえて適切にご対応ください。

今回は、同業他社に転職しない旨の誓約書に関して、法律上の問題点をまとめました。

退職する従業員に競業制限を課す理由

退職する従業員に対して、会社が同業他社への転職禁止などの「競業制限」を課す主な目的は、ノウハウや顧客リストの流出を防止することにあります。

同業他社にノウハウや顧客リストが流出すると、自社の競争力が低下し、売上・収益の減少に直結しかねません。また、自社から顧客リストが流出したことが取引先に判明した場合、信用を失ってしまうおそれもあります。

こうした事態を避けるために、会社は退職する従業員に対して、競業制限を内容とする誓約書の提出等を求めるケースがあるのです。

退職後の競業制限と「職業選択の自由」の関係性

会社が従業員に退職後の就業制限を課すことは、日本国憲法22条1項によって保障される「職業選択の自由」との関係で、違法となる場合があります。

職業選択の自由を過度に制限する契約等は、公序良俗違反により無効

日本国憲法の規定は、本来国家権力を拘束するものであり、私人間の取引には適用されないのが原則です。しかし、人権保障の趣旨を実効化する観点から、私法上の一般規定を解釈・適用する際に、憲法の規定の趣旨を考慮すべきものと解されています(間接適用説)。

この点、職業選択の自由を過度に制限する内容の契約や誓約などは、民法の一般規定である「公序良俗」(民法90条)に違反し、無効となります(奈良地裁昭和45年10月23日判決等)。
したがって、退職後の競業制限についても、職業選択の自由を過度に制限するものとして、公序良俗違反により違法・無効になるかどうかが問題になり得るのです。

競業制限の違法性を判断する際の考慮要素

奈良地裁昭和45年10月23日判決は、競業制限の合理的範囲を確定するに当たり、企業側・従業員側・社会的利害の3つの視点に立って、以下の各要素を慎重に検討すべきであると判示しています。

①競業制限の期間
②競業制限の場所的範囲
③競業制限の対象となる職種の範囲
④競業制限の代償の有無

退職後の競業制限に関する有効・無効の分岐点

上記の各考慮要素を踏まえて、退職後の競業制限が適法・有効か、それとも違法・無効かの分岐点となるポイントを見ていきましょう。

会社が独自のノウハウを有しているか

独自のノウハウを会社が有している場合、ノウハウの流出を防止するため、従業員に対して退職後の競業制限を課す合理性が認められやすいでしょう。

競業制限によって保護されるべきノウハウの内容は、会社によってさまざまですが、一例としては以下のパターンが挙げられます。

・生産技術に関するノウハウ
・集客方法に関するノウハウ
・レッスン生の指導に関するノウハウ(音楽教室など)
・フランチャイズ化のノウハウ
など

これに対して、従業員自身の能力と努力によって獲得した人脈・交渉術・業務上の視点・手法などは、転職先でも活用される汎用的なノウハウです。
このような汎用的なノウハウの流出を禁止する目的で、競業制限を課すことは認められないと考えられます(東京地裁平成24年1月13日判決、東京高裁平成24年6月13日判決等)。

退職者が独自のノウハウや顧客リストに触れていたか

退職する従業員が、会社独自のノウハウや顧客リストを取り扱う業務に従事していたことは、これらの情報の流出を防止する観点から、退職後の競業制限を正当化する理由の一つとなります。

反対に、退職する従業員がこれらの情報に触れていなかった場合には、情報流出の危険性が低いため、退職後の競業制限は認められない可能性が高いと考えられます。

競業制限の期間・場所・対象行為が合理的に制限されているか

期間・場所・対象行為が合理的に制限されていれば、職業選択の自由に対する制約度合いが小さくなるため、競業制限が適法と認められやすくなります。

①競業制限の期間
裁判例に照らすと、おおむね1年以内が合理的な範囲の目安です(東京地裁平成19年4月24日判決、大阪地裁平成21年10月23日決定等)。

②競業制限の場所的範囲
会社が事業展開をしている地域の範囲等によって判断が分かれますが、在職時に担当した営業地域の都道府県、およびその隣接都道府県に限定した競業制限を適法と判断した裁判例があり、一定の参考になると考えられます(東京地裁平成14年8月30日判決)。

③競業制限の対象行為
競業企業への転職を一律に禁止する規定は、合理性が認められない可能性が高いでしょう(東京地裁平成24年1月13日判決、東京高裁平成24年6月13日判決等)。
これに対して、在職中に知り得た顧客との取引を禁止するにとどまるなど、対象行為の範囲が合理的に制限されていれば、競業制限が適法と認められやすくなります(大阪地裁平成21年10月23日決定等)。

十分な代償措置が講じられたか

競業制限による不利益に対応して、従業員に何らかのメリット(代償措置)が提供されていれば、競業制限が適法と認められやすいでしょう。競業制限に係る代償措置の例としては、在職中の高待遇や、上乗せ退職金の支払いなどが挙げられます。

ただし、在職中に高待遇が与えられていたとしても、それが競業制限をきっかけとするものでない場合には、代償措置として認められない可能性が高いでしょう。

例えば、従業員に月額131万円(賞与別途)の高待遇が与えられており、在職中に競業制限が定められた事案において、競業制限の前後で賃金がほとんど変化していないことを理由に、代償措置として十分ではないと判示した裁判例があります(東京地裁平成24年1月13日判決、東京高裁平成24年6月13日判決)。

不当な競業制限を課されそうになったらどうすべき?

会社が不当な競業制限を要求してきたとしても、従業員が競業制限に応じる義務はありません。また、競業制限を拒否したとしても、そのことを理由として懲戒処分を行ったり、退職金を減額したりすることは認められません。
したがって、競業制限に納得できない場合は、会社の提案を拒絶すべきです。

ただし、会社との円満退職を目指すのであれば、ある程度会社の立場にも配慮を示すことが望ましいでしょう。転職先を選ぶ際に、激しく競合する企業は避けるなどしたうえで、会社と十分話し合ってください。

なお、すでに競業制限に関する誓約書を提出してしまった場合や、在職中から労働契約・就業規則によって退職後の競業制限が課されている場合には、競業制限の有効性について法的に検討する必要があります。
競業制限の有効性についてわからない点があれば、弁護士などへご相談ください。


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【著者】阿部 由羅
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。
HP:https://abeyura.com/
Twitter:@abeyuralaw