やめていく人を冷遇しても、何一ついいことはない

「やめていく人を冷遇する会社」というのは、実は珍しくない。

例えば、かつて私がコンサルタントとして訪問していた中堅企業のオーナー経営者は、基本的には良い人だったのだが、辞めていく人には冷たかった。

ある時、こんなことがあった。

人事評価の時期が近づき、その経営者は、ボーナスの額について、私に教えてくれた。
トップだったのは、3か月ほど前に「彼は技術力がすごい、とても優秀だ」という評価だった人物だ。

ところが、その彼が、最近「辞めます」と言ってきたらしい。
途端に、その経営者は手のひらを返した。

「あいつは、会社の悪口を言っている」
「前に辞めたやつと連絡を取って、競合に転職するらしい」

と、彼に対する憎しみをあらわにし、挙句の果てには、オーナー企業特有の「評価はブラックボックス」という特権を利用して、「辞めていくやつにふさわしい金額」と、金額を最低にしてしまったのだ。

もちろん、社員はそれを知る由もなかったが、私は「いずれみんな、気づくだろうな」と思った。

後日、辞めた彼から、メールで連絡があった。
「辞めます。お世話になりました。今度、相談に乗ってもらえないですか。」という文面だった。

同僚から聞いた話によると、最後に経営者と喧嘩して辞めていったとのこと。
「喧嘩したんですね」というと、「お金の話で揉めたようだ」という話だった。

後日、私はやめた彼と会った。
「相談」がどのような内容のものか、興味があったからだ。

都内のカフェで落ち合ったとき、彼は仲間を連れていた。

「こんにちは」と彼はあいさつした。
「どんな相談ですか」と私は言った。

私は、クライアントに対して守秘義務を負っていたので、会社の事情については
しゃべることができない。

しかし、私に何を相談したいのか、確かめたかった。

彼は言った。
「実は彼の会社の立ち上げを手伝おうと思いまして。その代表者が彼です。」
隣にいた仲間が、礼儀正しく自己紹介をした。

「そうなんですね。」
と私は言った。

「で、厚かましいとは思いましたが、立ち上げたばかりの会社なので、安達さんにお客さんを紹介してもらえないかと思いまして。実は昔、彼もうちの社員だったんですよ。」

私は少し考えた。
唐突な話だったからだ。

が、私は若い起業家を尊敬している。
だから、多少厚かましい願いであっても、できるだけ彼らのためになるように動くのはやぶさかではなかった。

「わかりました。後でお話を聞かせてください。話を伺ったうえで、可能なら、個人的に知っている会社をご紹介します。」
と、私は答えた。

彼は笑って「ありがとうございます。感謝します。」と礼を述べた。

私は彼に
「なんでわざわざ、会社の立ち上げを手伝おうと思ったのですか?」と聞いた。
彼の動機には、非常に興味があった。

彼は言った。
「実は、やめるつもりはなかったんです。」

意外な答えに、私は驚いた。
「意外です。」
「ですよね、でもたまたま彼と飲む機会があって、会社の話になりまして。」

「ほうほう。」
「それで、話をしてると、彼が辞めるときに、社長がしたことをいろいろと知ったんです。ほかにも、過去に会社を辞めた人たちと話すと、社長がヤバいなって思い始めたんですよ。」

「どんな話だったんですか?」

「うちの社員と会うな、とか。有休消化とかはさせない、とか。あ、ボーナスの減額とかも当たり前でした。それで、この会社にいていいのかな、と思いました。あと、『給料安いんじゃない?』と言われたので、転職サイトに登録してみたら、給料いいところがほかにもたくさんあることがわかったんです。まあ、結局先輩のところにお世話になることにしたのですが。」

しかしなぜ、社長はやめていく人を冷遇したのだろうか。

辞めていく人に対して、不義理なことをすれば、在籍している社員もそれを知って嫌な気持ちになったり、外部で会社の評判が傷つくかもしれないのだ。

今回の件でも、立ち上げた会社の彼らは、「不満を持ってる技術者を引き抜くつもり」と言っており、完全に対立してしまっている。
おそらく、社長への恨みもあるのだろう。

ただ、私も、今回の社長の不義理に対しては、少なからずよくない印象を持っていた。
だから、彼らに加担するつもりもないが、彼らが「技術者を引き抜くつもり」だと言っていたことを、社長に教えてやる義理もない。

一方で、私は社長が「悪い人物」ではないことも知っていた。
給料は決して高くないが、残業をさせず、定期昇給をし、会社の業績が悪い時でも身銭を切ってボーナスは出していた。
「辞める」とさえ言わなければ、いい社長なのだ。

思うに、社長は利己的というより、むしろ「社員の面倒を見なければ」という意識が強すぎるのかもしれない。

そして、強すぎる「社員を守りたい」という意識は、社員から「辞めます」と言われた瞬間に、裏切られたという意識に転換してしまうのだろう。

本質的に、会社は社員の身の振り方に対して、何かを言う権利はない。
職業選択の自由は憲法で定められており、経営者だからと言って、それを制限してよいということにはならない。

現在はSNSや口コミサイトで、会社の実情などが簡単に暴露されてしまう。
ブログなどでは、退職エントリーという「退職の経緯を記事にする」人も少なくない。

だから、むしろ辞めていく人に対しては「自社の広報」となるように、良い印象を与えて送り出すべきなのだ。

実際、辞めていく人を制限したり、不義理を働いたりすれば、辞めた社員によって、社外に会社の悪い評判が広がるだけだ。

逆に言えば、採用においては、自社の社内での評判よりも、社外での評判のほうが圧倒的に重要で、「辞めた社員にすら、評判が良い」という状況は、採用にとって強力な武器である。

今回の件では、社長が私怨を会社全体の利益よりも優先してしまった結果だと私は考えている。
そのせいで、退職した社員から恨まれ、無用な引き抜きなどの実害も生まれてしまった。

経営者や管理職は「面倒を見てやってる」という意識を捨て、そろそろ「社員はやめていくもの」「転職はふつう」という認識を持たねばならない。

そうすれば、私怨などは生まれない。

むしろ、会社に長く貢献してくれた人には、「卒業おめでとう。また一緒に仕事できるといいね」と声をかけ、十分に金を与えて送り出すべきだ。

やめていく人を冷遇しても、何一ついいことはない。
会社が「その人の一生」を抱えることができたのは、はるか昔、昭和の話なのだ。


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著者】安達 裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(http://tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
Twitter:安達裕哉