英語でキャリアアップ!を狙う前に知っておいてほしいこと

転職を機に、キャリアアップを目指す人は多い。しかしキャリアアップのためには、なにかしらの「武器」が必要になる。
資格や職歴、コネ、年齢……たくさんある武器のなかで人気なのが、「語学力」だ。

英語なら教材が豊富だし、学校で習った基礎もあるし、海外旅行でも便利だから、やっておいて損はない。

しかしその「語学スキル」について、どうも腑に落ちないことがある。
なぜ語学力を、TOEICや英検などのペーパーテストで測るのだろう。なにを基準にその点数を要求するのだろう、と。

※ちなみにこの記事では、TOEICはL&Rを指す。

TOEIC600点で海外出張して結果を出せるのか?

英語を公用語にした楽天グループは2015年、「全社目標としていたTOEIC平均スコア800点をクリア」したらしい。*1

わたしが大学生のときに行った就活セミナーでも、「国際系を狙うならTOEIC800点が目安」というセリフをよく耳にしたので、TOEIC800点あたりが「ビジネス英語ができる」ラインのようだ。

でも、どうもわたしにはピンとこない。
「英語力を求める企業や英語を使う仕事で、TOEIC800点が通用するのか……?」と。

わたしは立教大学に入学直後、クラス分けのためにGTECという英語のテストを受けた。その結果をTOEICに換算すると、700点とかそれくらいだったと思う。で、学部内でリーディングは中の下、リスニングは下から3番目のクラスだった。

英語オンリーのディベートはまったく成立しないし、ネイティブの先生との雑談なんてのも全然できない。その程度の英語力でも、ペーパーテストではそこそこの点数が取れるのだ。

実際、就活前に勉強し、TOEIC800点以上取った人なんて、まわりにゴロゴロいたしね。

だから、いまいち「TOEIC800点を使ってバリバリ仕事」という状況が想像できない。

わたしがこんなにも「TOEICの採用基準」に懐疑的なのには、もうひとつ理由がある。それは自分自身、それ以上の語学力があったのに、外国語でまったく仕事ができなかったことだ。

TOEIC満点レベルの語学力でも現場じゃ役に立たなかった

わたしは大学3年生のときにドイツに留学し、留学が終わるころには、ドイツ語のテストでC1レベルに到達した。

C1というのは、「優れた言語運用能力を有するもの・上級者」の枠であり、最高ランクC2のひとつ下である。TOEICの公式サイトによると、C1はTOEIC945点以上、満点に近いレベルに換算できるそうだ。*2

で、そのドイツ語力を引っさげてドイツで就活したのだが……結果はさんざん。

日常生活では使わない単語が出てくるし、ビジネス特有の言い回しが咄嗟に出てこない。お客様はわたしが外国人だからってゆっくりしゃべってはくれないし、書類を読むのにネイティブの5倍時間がかかる。電話対応で相手の名前が聞き取れないし、つづりもわからない。

なにをしても足手まといで悔しかったし、悲しかったし、自信をなくして落ち込んだ。

もちろんこれは「海外でネイティブに囲まれた状況」なので、「日本で英語を使う状況」とはちがう。それでも他言語でビジネスをする大変さ、むずかしさは、ある程度わかっているつもりだ。

ちなみにまわりの友人(ドイツ人の大学生)たちは、一切勉強せずともTOEFLで100点以上をとっていた。これもまたTOEICに換算すると満点レベルで、選択問題とリスニングのみのTOEICとちがい、スピーキングとライティングも含めての点数である。

わたしの夫もそんな感じで、仕事で英語の電話がかかってきたり、書類が英語だったりするけど、「とくに問題ない」らしい。国際部門でもなんでもないのにすごいよね……。

英語でビジネスできる人が身近にいるからこそ、自分が失敗したからこそ、「英語力」としてTOEICの点数を挙げているのを見ると、「それで足りる……?」と勝手にハラハラしてしまうのだ。

TOEIC620点は「海外出張し英語で議論できる」基準として適切なのか

もちろん、TOEICの点数はひとつの指標になるし、実際その点数で問題なく業務ができるのであれば、何点を基準にしようが他人がとやかく言うことではない。

重ねていうが、TOEICの点数を募集要項に入れることが悪いわけではないのだ。その点数のために努力をしている人をバカにするつもりも、一切ない。

ただ、「なぜそのTOEICの点数を基準にしたのか?」は気になるところだ。

『英語活用実態調査2019』において、企業・団体が目標とする英語スキルの水準は、「英語で行われる会議で議論できる」が最多の19.9%だった。「取引先/海外支店と電話でやり取りができる」「取引先/海外支店とメールでやり取りができる」が各15.5%と続く。

そのうえで、「英語を使用する部署の中途採用」で要件・参考にするTOEICスコアは620点。海外出張選抜においても、平均してTOEIC620点が求められている。*3

でも、TOEIC620点の人が、英語で電話やメールの対応をしたり、海外出張で現地の人と議論したりできるのかなぁ。

英会話教室みたいに、こっちの英語力に相手が合わせてくれるわけではないからね。場合によってはコストや納期について相手の主張を退け、自分の意見を押し通さなきゃいけないわけだし。英語で。

ちなみに調べてみたところ、パナソニックの海外webマーケティングの採用ページには、「ビジネス実務レベルの英語力(TOEIC600点以上)」とある。「海外販売会社等関連部門との折衝」や「海外出張」をする部門でTOEIC600点は、どう考えてもきついと思うのだけど……。*4

まぁ、「最初は点が低くとも勉強してくれればいい」と育成する気満々だったり、「現地では通訳をつけるから本人は海外出張中迷子にならなければいい」という認識だったら、理解はできるんだけどね。

でもなんだか、募集要項を決めている側が、「TOEIC○○点が実際のビジネスの場でどれだけ通用するか」をわかっていないんじゃないか?と思う。

英語ができない採用担当者が英語力の基準を決めるむずかしさ

そもそも高い英語力が求められる職場では、採用が丸ごと英語で行われることも少なくない。

そういえば、日本の世界的大手電機メーカーに就職を決めたとあるスペイン人は、やり取りも面接もすべて英語だったと言っていた(担当者は日本人)。

そういう環境では採用担当者も上司も英語がペラペラだから、わざわざペーパーテストの点で確認せず、手っ取り早く英語ですべてすませてしまうのだ。

一方、英語を部分的に使う仕事では、ペーパーテストの点が求められがちだ。英語で採用活動すればすぐに見極められるものを、わざわざペーパーテストで測るというのだから、きっと英語が堪能な採用担当者が少ないのだろう。

それ自体は悪いことではないが、そうなると「実際に必要な英語力」と「採用基準である英語力」にズレが生じちゃうんじゃないだろうか。

たとえば、英語での電話対応があるのに、スピーキングがないTOEICのL&Rの点数を求めたりね。募集要項を決めている人たちが「英語事情」に詳しくないと、そういうことが起こってしまう。

自分では相手の英語力を測ることができないから、ペーパーテストで選別するしかない。でも何点を基準にすべきかがわからない。だから慣例やまわりに合わせてTOEICの点数を募集要項に盛り込む……なんて状況になっているような気がするのだが、いかがだろう。

そんなあいまいな理由で定められたTOEICの点数を満たしたところで、「キャリアアップ」につながるのだろうか。

いや本当、外国語で仕事って大変だからね!
「お電話が遠い」を即座に英語で言える? 「サンダースさん」の綴りがわかる? 「添付していただいた資料が開けなかった」ってメールで書ける?

それらが問題なくできてはじめて、「ビジネス実務レベルの英語力」なのだ。そしてそれは、正直TOEIC600点ではきびしいし、800点であってもある程度ビジネス経験がなければむずかしいだろう。

「あなた」にとって本当に必要な「英語力」を考える

結論として伝えたいのは、「キャリアアップのために英語を勉強するなら、どんな状況で英語を使うか想定しておくことが大事」ということだ。

「英語」とはいっても、読む・書く・聞く・話すといった領域があるし、専門用語必須の分野ではまたちがう知識が必要になる。

英語の書類を受け取る職場なら、読解能力だけではなく読解速度も要求される。電話対応が多いのであれば、ビジネス特有の言い回しもちゃんと覚えてないと失礼。本社がイギリスにありイギリス人とのやり取りが多いのなら、ブリティッシュイングリッシュが飛び交うだろう。

状況によって、求められる英語力はちがう。

「転職に必要なTOEICの点数はこれくらい!」「英語ができればキャリアアップにつながる!」というざっくりとした一般論を鵜呑みにせず、「自分がしたい仕事」において「どんな場面」で「どれくらい」の英語力が必要なのか。それが大事なのだ。

「その仕事に必要な英語力」を身につければ、募集要項のTOEICの点数は、おのずとクリアできるだろう。そしてそれが、本当の意味での「キャリアアップ」につながるのではないだろうか。


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【エビデンス】
*1 Rakuten「カルチャー
*2 ETS TOEIC「TOEIC® Program各テストスコアとCEFRとの対照表
*3 一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会「英語活用実態調査」p5、p14
*4 パナソニック「空調・換気機器の海外Webマーケティング【空質空調社 グローバルマーケティング本部】


【著者】雨宮 紫苑
ドイツ在住フリーライター。Yahoo!ニュースや東洋経済オンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。
Twitter:@amamiya9901